井上荒野『キャベツ炒めに捧ぐ』の再現レシピ《肴は本を飛び出して54》

直木賞をはじめ多くの受賞歴を持つ井上荒野先生が、3人の女性の人生を季節の食べ物とともに描いた『キャベツ炒めに捧ぐ』より、あさりのフライとキャベツ炒めを再現! 家飲み大好きな筆者が「本に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲みたい!」という夢を叶える連載です。

ライター:泡☆盛子泡☆盛子
メインビジュアル:井上荒野『キャベツ炒めに捧ぐ』の再現レシピ《肴は本を飛び出して54》

町の惣菜屋で働くアラ還3人組の美味あり、切なさありの物語。

◾こんな本です 

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小説、エッセイ、絵本など幅広いジャンルの作品を手がけ、直木賞をはじめ多くの受賞歴を持つ井上先生。

美食家としても知られていて、「食」をテーマにした作品も多々発表され、SNSではご自身や夫さんの手によるおいしそうな料理(食べることがとても好きな人が作ったことが伝わりまくる)をご紹介されています。

まずタイトルに惹かれて購入した『キャベツ炒めに捧ぐ』にもお腹がグゥと鳴るような描写がふんだんに登場します。

余談ですが、井上先生はとあるインタビューで「小説を書くときはタイトルもしっかりと考えて」というようなことをおっしゃっていました。なるほど、確かに井上先生の作品はタイトルが印象的なものが多いですね。『あちらにいる鬼』(朝日新聞出版)、『ベーコン』(集英社)、『照子と瑠衣』『もう二度と食べたくないあまいもの』(祥伝社)などなど、「どんな話なの!?」と前のめりで手に取りたくなること必至の、魅力的なタイトルの数々。本作はその中の1冊なのです。

作中にはタイトルにもなったキャベツ炒めはもちろん、季節ごとのさまざまな料理が出てきます。

お話の舞台は、「私鉄沿線の、各駅停車しか停まらない小さな町の、ささやかな商店街の中」にある「ここ家」という惣菜屋。

オーナーの江子(こうこ)は派手なプリントの服を好んで着る朗らかな61歳。「きゃははは」と明るく笑う裏では、別れた夫に対する未練なのか執着なのかの気持ちを抱いているよう。

江子と長く共に働く麻津子は地味な装いで皮肉っぽくクールな性格の60歳。店では無愛想だけれど、長年思い続けている年下の幼なじみと会うときは可愛らしい一面も。

2人よりも少し歳上だけど新入りの郁子は、夫を亡くしてからこの町で一人暮らしを始めたばかり。みんなの前ではお酒が飲めないことになっているけれど、実は自宅では飲まずにいられない夜も。それには理由があって……。

酸いも甘いもそれぞれに経験してきたアラウンド還暦な3人は、性格はバラバラながらも料理上手という共通点のおかげで(?)うまくやっているようです。

ある日の「ここ家」のラインナップをご紹介してみましょう。
今日のラインナップはそのほかに、茄子の揚げ煮、茸入り肉じゃが、秋鮭の南蛮漬け、蒸し鶏と小松菜の梅ソース、豚モモとじゃがいもの唐揚げパセリソース、白菜とリンゴとチーズと胡桃のサラダ、さつまいもとソーセージのカレーサラダ、それに定番のひじき煮とコロッケと浅漬け各種を加えて、全部で十一種類。朝六時から仕込みをはじめて、午前十一時過ぎには全品がショーケースに並ぶ。

井上荒野 /角川春樹事務所『キャベツ炒めに捧ぐ』「新米」より
これに熱心な米屋から仕入れた素性のいい米をお釜で炊いた白ごはんと、日替わりの味ごはんがプラスされます。この日の味ごはんは、シメジと椎茸とエリンギと牛コマを少し炒めて醤油と味醂で味つけして、バターをひとかけら加えて、炊きたてのごはんに混ぜた「茸の混ぜごはん」。

あーーー、どれも、なんて、おいしそうなんだ!

「ここ家」がうちの近所にあったらどんなに幸せか!

この本を読んだ多くの方はそう思ったんじゃないかしら。

このほかにも、揚げたてのひろうす(がんもどき)が入ったおでん、さつまいもと烏賊とねぎの炒め煮、麻津子特製のお花見弁当(だし巻き玉子、筍の土佐煮、蕗の味噌漬け、鶏の照り焼き、里芋のミニコロッケ、菜の花のおひたし、豆ごはんのおにぎり)、焼き穴子入りのちらし寿司など、日々の献立の参考になりそうな品々がページを彩ります。

井上先生はこれらの料理をほとんど召し上がったことがあるのかなぁ。だとしたらとても羨ましい。なんてことを思ってしまうくらい、ツボにはまるラインナップなのです。

『キャベツ炒めに捧ぐ』ここを再現

今回再現するのは、旬のあさりを使ったフライです。

この章を初めて読んだときには「えっ、あさりをフライにするの!?」と驚きましたが、すぐに「それ絶対うまいやつだよね」と喉を鳴らしたものです。
春は貝だ。
大粒のあさりを見下ろしながら、江子は思う。
(中略)
あさりフライには少々手間がかかる。生のあさりの殻をこじあけなければならないから。わずかに開いた殻の隙間にペティナイフを差し込み、ぐるっと回して小さな貝柱を断ち切る。簡単に身が取り出せることもあるし、殻がなかなか開かずに指がつりそうになることもある。
(中略)
取り出した身はペーパータオルの上に並べて水気を切って、二つずつ竹串に刺してからフライの衣をつける。ひとつずつ場げるより面倒くさくないし、カロリーだって低くなるだろう(ということにしている)。串は七本できた。

井上荒野 /角川春樹事務所『キャベツ炒めに捧ぐ』「あさりフライ」より
大粒のあさりを見つけた江子が家で自分のために作るあさりフライ。 生のあさりを殻むきするだけでもすごいのに(私にとっては)、串に刺して揚げるなんてひと手間まで! 

そして江子は副菜の準備も抜かりなく。
いよいよ揚げる前に、江子は食卓の準備を万端に整えた。新キャベツで作ったコールスローと、切り干し大根の煮物はそれぞれ小振りの鉢に入れ、昼間のうちに茹でておいた塩豚もスライスして皿に美しく盛り、辛子を添えた。缶ビールも冷蔵庫から出してレモンの櫛切りも用意して、あとはあさりフライを運ぶばかりに。

井上荒野 /角川春樹事務所『キャベツ炒めに捧ぐ』「あさりフライ」より
もう副菜レベルじゃない、宴会ですよねこれは。
まずビールを一口。それから熱々のフライを、最初はそのままひとつ食べる。はふはふはふ。ほいひー、と江子は声に出して感嘆した。二つ目はレモンを搾って。串三本目でいちどソースをかけてみよう、と計画を立てる。

井上荒野 /角川春樹事務所『キャベツ炒めに捧ぐ』「あさりフライ」より
あー、たまらん。私も「ほいひー」って言いたい!

ということでチャレンジしてみました。
 

◾お品書き

  • あさりフライ(あさりフライ+コールスロー+缶ビール)
  • キャベツ炒め

『キャベツ炒めに捧ぐ』再現レシピ|あさりフライ

あさりフライ
<材料>
・あさり(砂抜きして、前出の引用の通りにむき身にする)
・バッター液(卵1個、水30cc、小麦粉60gをダマが残らないよう混ぜたもの)
※卵→小麦粉の順番を追わずに簡単に下ごしらえができる便利な液体。『sio』鳥羽シェフの「魔法のバッター液」レシピを参考にさせていただいています。
・パン粉
・揚げ油
・レモン、ウスターソース

<作り方>
① 水気を切ったあさりの身を竹串に刺してバッター液を絡め、パン粉をつける。
② 160度くらいに熱した揚げ油で表面がきつね色になるまで揚げる。

■食べてみました
まずは反省させてください。

大粒のあさりが手に入らず小粒になった上、どうしても生のまま殻を剥くことができなかったので(小さいから?)一度さっと加熱してから身を外しました。

江子は2つずつ串刺しにしていましたが、何せ小粒ゆえその倍以上の数をぎゅっとまとめて串に刺しています。大粒のあさりが買えたらぜひまた挑戦したいです。

そして、副菜を全て用意するのは難易度が高かったため、コールスローのみ採用。 この後のキャベツ炒めにも食材を使いまわせるからというセコい理由もございます。

ひと通り用意して、揚げたてをパクリ。

うう、ほいひー!

カリッとした衣に包まれた身は小粒ながらもジューシーで、ちゃんとあさりの味を感じさせてくれます。うん、これ何もつけなくてもおいしいわ。

と思ったけど、レモンをちゅっと搾っても、ウスターソースにちょいと浸しても全部おいしかった。しかもかなり。

ビールが合いますねぇ。よく冷やしといて大正解です。

『キャベツ炒めに捧ぐ』再現レシピ|キャベツ炒め

キャベツ炒め
もう1品は、タイトルにもなったこちらを。江子が新婚初夜に料理上手な夫に作ってもらった1品だそうです。
白山はまずバターでニンニクをゆっくりと炒めて、じゅうぶんに香りが立つと、火力を強めてちぎったキャベツを放り込んだ。味つけは塩だけで、黒胡椒をたっぷりと挽いた。さあどうぞ、奥さま。キャベツ炒めとトーストとコーヒー。白山の妻となってはじめての食事がそれだったのだ。

上荒野 /角川春樹事務所『キャベツ炒めに捧ぐ』「キャベツ炒め」より
<材料>
・キャベツ
・バター
・にんにく
・塩
・黒コショウ

作り方は前出の引用部分をご参照ください。

■食べてみました
さすが井上先生。なんとなく地味な存在であるキャベツ炒めですらちゃんとひとワザ効かせてあります。バターでにんにくの香りを出すだけでご馳走感が一気にアップしますね。

仕上げの黒コショウがたっぷりというのもいいなぁ。

あさりフライに続いてビールをお供にしましたが、これはワインでも焼酎でもなんなら日本酒にも合うと確信。私の場合、キャベツ炒めに捧ぐのはお酒ということになりそうです。

***

不完全な再現ではありつつもとってもおいしかったあさりフライ。
今後も我が食卓のレギュラーになってくれそうなキャベツ炒め。

どちらも江子のプライベートな食事からですが、この2品だけでも「ここ家」気分が味わえて楽しかったです。

次はお店のメニューを真似してみよう。
まずは春のうちに豆ごはんかな〜。

※記事の情報は2024年4月2日時点のものです。
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