2018.01.11
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荒野へはふたりの美女と 《ソラノミダイアリー② ホーボージュン》

ホーボージュンのカバーフォト

今日も日本と世界のどこかで「空飲み」。アウトドアライターのホーボージュンが綴る、酒と放浪の日々。スキットルに詰め込んで野宿の旅に持って行くお気に入りの酒とは。

おそろしく冷え込んだ12月のある夜、ふと僕はその階段を上がってみる気になった。

 僕の職業はアウトドアライター。テントを担いで世界のあちこちに出かけては、その体験を雑誌に寄稿している。これまでの30年間に、サハラ砂漠からシルクロードの奥地に至るまでさまざまなフィールドを旅してきたが、どこへ行くときもバックパックにスキットルを忍ばせていく。これはいわば“お守り”みたいなものだ。今回はそんな“荒野への旅”に持って行く酒の話をしよう。

 

 1998年の冬、僕は吉祥寺の裏通りにはじめて自分の事務所を構えた。といってもその物件は風呂ナシのおんぼろアパートで、すきま風が厳しく、コンクリートのビルに囲まれているためジンジンと底冷えした。エアコンも暖房もなく、夜中に原稿を書くときにはモンベルの厳冬期用シュラフ に潜り込まなければとても耐えられない。だから僕はよく事務所を逃げ出しては、飲み屋のカウンターで原稿を書いていた。

 

 ちょうどそのころ、事務所の隣に小さなバーがオープンした。その名は『カフェ・スクリュードライバー』。時代遅れのショットバーで、扱う酒はバーボンとラム酒のみ。それは当時、最も人気のなかったハードリカーの両雄だった。

 

 スクリュードライバーはエレベーターのない雑居ビルの4階にあり、そこに至る階段はまるで南アルプスの甲斐駒ヶ岳にあがる黒戸尾根の急登 のようだった。しかも雑居ビルの蛍光灯は暗く、階段には手すりもない。これじゃあ一見さんはとても上がっていかないだろう。吉祥寺はバーの競争の激しい街だ。「こんな立地じゃきっとすぐに潰れるな」とその時僕は思っていた。

 

 だが、おそろしく冷え込んだ12月のある夜、ふと僕はその急な階段を上がってみる気になった。深夜2時を回って馴染みの店はもうどこも終わってしまったが、その夜の僕にはどうしても強い酒が必要だった。その日、僕は好きだった女にフラれた。どうしようもないぐらい見事に。そして木っ端微塵に……。いつかそんな日が来るのはわかっていたが、だからといって無傷でやり過ごせるほど僕は強くなかった。

 

 息を切らしながら急な階段を上り、ガチャッと店のドアを開けると、立ち込めた紫煙の向こうには度肝を抜く光景が広がっていた。ボトル、ボトル、ボトル、ボトル……。わずか5坪の店が何百本もの酒瓶に埋め尽くされているのだ。カウンターやバックバーだけでなく、店の天井も吊り下げ式のラックになっていて、そこにも隙間なくボトルが並んでいる。店内に一歩踏み込んだだけで酒瓶の海に溺れそうだった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 カウンターの中には二十歳そこそこの若いバーテンダーがいた。僕のほかに客の姿はない。僕は木製のスツールに腰掛けると、まわりを見渡ししばらくのあいだ呆然としていた。

 ジャック・ダニエルズ、エズラ・ブルックス、ファイティング・コック、ヘンリー・マッケンナ……。バックバーには見慣れたラベルが何本か並んでいたが、大半は初めて見る銘柄だった。僕は80年代のショットバーブームの頃に青春を送っているので、少しはバーボンの種類も知っているつもりだったが、こんなにあるとお手上げだった。

 

「今夜は、何になさいますか?」

 

 初見の客に接するバーテンダーとしては文句のない台詞と物腰だったが、それを聞いた僕は思わず吹き出しそうになった。セリフと見た目がまったく合っていない。だってこいつ、腰履きのジーンズにダイス柄の開襟シャツ、髪はショートのド金髪で眉毛はカミソリのように細い。見た目はまるきりパンクなのだ。

 

「そうだなあ……」

 

 せっかくなので知らない酒を頼んでみたかったが、いったいどれにしたらいいのか検討がつかない。少し悩んだあと僕は下手な見栄を張るのをやめて、そのバーテンダーにセレクトをお願いすることにした。「お客様の好みや雰囲気を言っていただければ、こちらで丁度いいものを選ばせていただきます」とパンクが言うのだ。小僧のくせに、生意気である。

 

「じゃあ、メローなやつにしてくれ」と僕は言った。

 

「オレはもう、泣きたい気分なんだよ」と。

メローなやつにしてくれ。オレはもう、泣きたい気分なんだよ。

 それはパンク小僧を困らせるための無茶ぶりだったが、彼はしばらく考えたあと「そうだ……」という顔をしてと天井のラックから一本のボトルを降ろしてきた。そしてピカピカに磨き上げられたショットグラスに丁寧にワンショット注ぐと、自信満々に僕の前に差し出したのである。

 

 口に含むとそれは、ほんとうに“メロー”な酒だった。キックは柔らかく、舌の奥に放り込むと溶けるような甘みが広がる。独特のバニラ臭が特徴的で、飲み下すと鼻腔の奥にふわりと優しい香りが残った。しかし101プルーフ(50.5度)と度数は高く、キックバックはずしりと重い。しばらくするとみぞおちのあたりに燃えるような芯が残って、ヒリヒリ痛む胸の奥を揺さぶった。それはまさに僕がその夜求めていた酒だった。

 

「これ、なに?」

 

 驚きながら聞くと小僧は嬉しそうにボトルを差し出した。ラベルには西部劇に出てくるような格好をした女の人が写っていた。『CLEMENTINE』 という8年物のバーボンだ。初めて見るラベルだった。

 

「バーボンというと、どうしても“荒くれ者の酒”というイメージが先行して、ラベルも勇ましいモノや古臭いモノが多いんですが、これは珍しく女性がラベルになってるんです。僕の知っている限り女の人がラベルになったバーボンは2本しかありません。これと『REBECA』 というヘブンヒル系の銘柄です」

 

 へえ~っと唸って、僕はショットのおかわりを頼んだ。僕はこのメローな味が一発で気に入ってしまったのだ。

 

「気に入って頂いてなによりです」

 

 小僧のオススメに従って、3杯目は『REBECA』にした。レベッカは羽根飾りのついた帽子を被り、胸元が大きく開いたドレスを着た瞳の大きな美少女だった。気高い顔立ちのクレメンタインに比べ、どこか小悪魔風の雰囲気を漂わせていた。小僧は少し多目のワンショットを注ぎながら、「フラれた時には、女の人になぐさめてもらうのが一番ですよ」とまた生意気なことをいった。

 

 けっきょくその夜はしこたま飲み、カウンターで酔いつぶれてしまった。あの急な階段をどうやって下りたのかも定かでない。でもこれいらい僕はこの生意気なバーテンダーと時代遅れのショットバーが気に入り、毎晩のように通うようになったのである。

 

 クレメンタインとレベッカ。この二人の美女と出会った夜のことを僕は今もありありと思い出すことができる。僕はすっかり彼女たちに恋をしてしまい、この夜以来、ひとりで荒々しい原野に出ていかなければならないときには(たとえば厳冬期のアラスカや風速40mの風が吹きすさぶパタゴニアへの旅なんかがそうだ)、愛用のスキットルに彼女たちを詰め込めこんで出かけるようになった。寂しく長い夜、そして心がヒリヒリと痛む夜をやり過ごすには、美女になぐさめてもらうのが一番なのである。

撮影協力:スクリュードライバー

 

【註】

モンベルの厳冬期用シュラフ:モンベルは日本の総合アウトドアブランド。何十種類ものシュラフをリリースしており、南極などの極地で使われるモデルは-22℃まで対応する。

 

黒戸尾根の急登:日本三大急登として知られる急斜面で、両手を使って這いつくばうようにして登る。『日本百名山』の著者・深田久弥が「日本アルプスで一番きつい」と称したことで有名になった。

 

CLEMENTINE/REBECA:どちらのバーボンも現在は終売となっていて、日本国内での入手は困難なようです(編集部)。

 

 

※記事の情報は2018年1月11日時点のものです。

 

HOBOJUN

HOBOJUN

全天候型アウトドアライター。「ホーボー」とは英語で「放浪者」の意。23才でユーラシア大陸を横断以来、サハラ砂漠横断、アフリカ大陸縦断、南米大陸縦断、南太平洋一周など世界各地を放浪しアウトドア各誌に寄稿する。現在は湘南葉山をベースにシーカヤックによる外洋航海から6,000m峰の高所登山までフィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。公式Twitterアカウントは「@hobojun

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