空が高い。海からの風が心地いい。左手には江ノ島、右手には富士山。そんな風景をツマミにビールが進む。

今日も日本と世界のどこかで「空飲み」。アウトドアライターのホーボージュンが綴る、酒と放浪の日々。

ライター:HOBOJUNHOBOJUN
メインビジュアル:空が高い。海からの風が心地いい。左手には江ノ島、右手には富士山。そんな風景をツマミにビールが進む。

吉祥寺のバーから湘南のビーチへ。空の下で飲む暮らしがはじまった。

長く住んだ吉祥寺の街を離れ、湘南に移り住んで12年になる。離婚したり大病したりでメチャクチャになってしまった人生を立て直すために、僕は逃げるようにして東京を離れた。30代最後の年のことだ。

最初に住んだのは茅ヶ崎の海辺にあるアパートだった。ここで僕はマチやシャカイやヨノナカではなく、ウミやソラやユウヤケを見ながら暮らすようになった。男のひとり暮らしはわびしいのでボーダーコリーの仔犬を飼った。家から海岸までは電信柱6本しか離れていなかったから、僕は犬の散歩を兼ねて毎日のように長い長い海岸線を歩いた。

湘南での暮らしは気に入っていたが、唯一の不満は“まともなバー”がないことだ。いや、もちろん“オシャレなバー”はたくさんある。古材を使ったカウンターや気の利いたバックバーを備え、年代物のJBLから歯切れのよいアメリカンロックを流すような店が。

でもそういう店ではバーボンといえばジャックかハーパーだったし、ラムと言えばマイヤーズかキャプテン・モルガンだ。ウッドフォード・リザーブやロン・サカパなんて望むべくもない。いや、そもそもハードリカーをショットで頼む人間なんてごくわずかだ。ここではライムの刺さったコロナビールかジントニックがあればみんなゴキゲンなのだ。

吉祥寺時代、僕は自分の部屋にいる時間よりバーにいる時間のほうがずっと長かった。仕事場の隣は「S」というバーだったが、この店はラム400種にバーボン250種をストックするようなオールドスクールな(あるいは時代遅れの)店だった。ビールをチェイサーにショットのバーボンを煽るようなハードボイルドな(あるいは時代遅れの)飲み方が好きだった僕はこの店がすっかり気に入り、毎晩のように通い、入り浸った。

5坪しかない店のカウンターの左端が僕の定位置だったが、満席になると店の迷惑にならないようにベランダに出て、月を眺めながらムーンシャイナーを飲んだ。Sには白紙ラベルのシングルカスクやケンタッキーの愛好家が作ったムーンシャイナーなどレアなお宝がたくさんあり、好き者たちを狂喜させていた。でも堅気のお客さんがそんな酒を頼むはずもない。かわりにせっせと消費するのが僕ら常連客の務めだったのだ。
ビール

なんにもない日でも、夕方になるとビールを片手に海岸に出る。

あるとき近所のロック・バーのマスターに湘南エリアのバーの少なさと閉店時間の早さを愚痴ると、彼は諦め顔でそう言った。

「それにこのへんはイエノミ文化圏でさ。マダムたちはホームパーティ、若い奴らはタコスと缶ビール買ってジャック・ジョンソン* 聴きながら部屋で乾杯、ってのがデフォルトなんだよ」

そうぼやきながらマスターは自分のために3杯目のジントニックを作った。

じっさいこの町の人たちは、みんな家で飲むのが好きだった。僕の住む集合アパートには20世帯ほどの人間が住んでいたが、いつもどこかの部屋で宴会をしていたし、中庭や海岸でバーベキューをする光景も日常だった。そしてたとえなにもない日でも、夕方になると缶ビールを片手に海岸に出て夕陽を見送りながら酒を飲んだ。

そんなユルくてフリーな雰囲気に引っ張られ、僕も浜で飲むことが多くなった。たまに東京から友人が遊びに来るとシアトルスポーツのソフトクーラー* に冷えた缶ビールを入れ、近所のカフェでブリトーを買って海に出る。

「このへんのトンビは腕利きのスナイパーだ。だからなにか食べる時は上空を見張ってないと一瞬で持って行かれるよ」

そんなことを言いながらプルタブを引くのだ。かんぱーい。おつかれー。空が高い。海からの風が心地いい。正面には烏帽子岩、左手には江ノ島、そして右手には富士山。そんな贅沢な風景をツマミにビールが進む。

こうなるともう尻に根が生える。わざわざバーに行く気もなくなる。海で泳いだり、SUP* に乗ったりしたらなおさらだ。ビールがなくなったらコンビニまで自転車を走らせればいいし、小腹が空いたら宅配のピザ屋に電話をすればいい(驚くべきことにこのあたりのピザ屋は海岸にもちゃんと配達してくれた)。わざわざ街まで出なくてもじゅうぶんハッピーになれるのだ。

かくして僕はすっかり「イエノミ文化圏」の住人となり、夜の街から足が遠のいてしまった。そしてレアなダークラムや終売品のバーボンなんかより、ライムの刺さったコロナビールのほうが好きな湘南ローカルに成り下がって(?)しまったのである。

これから僕はこのコーナーで日々のイエノミの話を書こうと思う。しかし年間100日以上をアウトドアで過ごす僕の家は1人用の山岳テントだ。だからイエノミではなく「テントノミ」になってしまうかもしれない。いや「タキビノミ」や「ソラノミ」かもしれない。

ボトルよりもスキットル、ワイングラスよりもシェラカップ。

そんな感じの話になるけど、どうぞよろしくお願いします。



〈編集部註〉

* ジャック・ジョンソン:ハワイ出身のミュージシャン、サーファー、音楽プロデューサー。

* シアトルスポーツのソフトクーラー:1983年にアメリカで誕生。シンプルなデザインと原色のカラーリングで、キャンパーに絶大な人気を博している。

* SUP:スタンドアップパドル・サーフィン(Stand up paddle surfing)。サーフボードの上に立ち、パドルを使い水面を漕いで移動する。


※記事の情報は2017年12月21日時点のものです。

 
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