メイド・イン・ヘヴン 《ソラノミダイアリー③ ホーボージュン》

今日も日本と世界のどこかで「空飲み」。アウトドアライターのホーボージュンが綴る、酒と放浪の日々。ケンタッキーから日本へ、そしてヒマラヤに渡った天国のバーボン。

ライター:HOBOJUNHOBOJUN
メインビジュアル:メイド・イン・ヘヴン 《ソラノミダイアリー③ ホーボージュン》

バカと煙は高いところに登りたがる。そして高いところで飲みたがるのだ。

「バカと煙は高いところに登りたがる」とよく言うが、バカな上にKEMURI* が大好きな僕は、人一倍高いところが好きだ。小さい頃は飛行機乗りに憧れていたが残念ながらパイロットにはなれず、だったら自分の足で雲の上まで昇ってやろうと、今もせっせと山に登っている。


 これまで登った一番高い山は南米アンデス山脈にあるコトパクシという山だ。ここは富士山によく似た円錐形の美しい山だが、標高はぐんと高く5,897mもある。ほぼ6,000mである。


 ご存知の人もいると思うが、海抜5,000mを超える高度では酸素濃度が地上の半分以下になる。人によっては高山病で意識朦朧となり、最悪の場合死に至ることもある。僕もこの遠征ではさんざん高山病に苦しめられた。


 しかし世の中には低い酸素濃度などなんとも思わない猛者がいる。コトパクシ登山の場合はピークアタックの前々日に3,750m地点(だいたい富士山頂と同じくらい)のタンポバクシ小屋に、そして前日に4,800m地点(だいたいキリマンジャロ山頂と同じくらい)のホセリバス小屋に泊まって高度順応を行うのだが、どちらの山小屋でも宴会をしている人たちがいてびっくりした。


 高山病の多くは体質的なものなのでどうしようもないのだが、何週間ももかけてゆっくり高度を上げていけば、けっこう大丈夫なものだ。僕もその後ヒマラヤへ出かけた時は何日もかけてゆっくりと高度を上げていったので高山病にもかからず、体調はすこぶる快調だった。この時に現地で飲んだ酒が、自分史上最高地点のソラノミになった。
バーボン

天国へ行ったら、こいつで一杯やってください。これは店からのおごりです。

 ヒマラヤへ出発する前夜、僕はいつものように『スクリュードライバー』へ顔を出し、若手バーテンダーのTとこんな話をした。


「明日からヒマラヤへ行くんだ」


「えっ? ヒマラヤ? 登山ですか?」


「アドベンチャーレースの同行取材。山にも登るけど、ラフトで激流を下ったり、MTBで峠を越えたり、いろいろやるんだ」


「へえ~、あいかわらず過激ですね。標高もかなり高いんでしょ?」


「今回は5,300mが最高地点かな」


「5,300m!雲よりずっと上じゃないですか」


「そう。まさに雲上の世界。ほぼ天国だよ」


「そのまま天国行きにならないで下さいね(笑)」


 これまでカトマンズには行ったことがあるが、こんなふうにヒマラヤの奥地に入るのは初めてだ。きつくて長い旅になりそうなので、お守りがわりになにか酒を持って行こうと思っていた。


「で、相談なんだけど、そこで飲むには何がふさわしいだろう?」


 何百本と並ぶボトルを前に僕はそう訊いてみた。スクリュードライバーにはククリ* 型のボトルに入ったネパール産ラムやインド産ウイスキーなど珍しい酒がたくさんあった。


「ジュンさんはバーボンがお好きでしたよね」


「うん。まあね」


「だったらとっておきのヤツがあります」


 Tはそう言って棚の奥からゴソゴソと1本のバーボンを出してくれた。名前は『GOD’S』。ラベルには頑固そうな爺さんが描かれこちらを睨み付けている。まるで「飲むな!」と言わんばかりだ。


 Tの話によるとこれは80プルーフの12年物で、原酒はヘブンヒル蒸留所のものらしい。すでに終売品となっていて日本ではまったくといっていいほど流通していないが、この1本は終売品コレクターでもあるこの店のオーナーEがどこかの倉庫で掘り出してきた。未開封のデッドストックだった。


 爺さんのイラストの下には「HOMEMADE BOURBON」と書いてある。白と黒を基調にしたラベルはわりとモダンなデザインで、とくに山や自然を感じさせるものではない。


「これとヒマラヤとなんの関係があるんだ?」


 そう聞くとKはニヤリと笑って裏のラベルの《原産国》表示を見せてくれた。ご存知のようにバーボンウイスキーというのは米国ケンタッキー州で作られるコーン・ウイスキーのことを指し、それ以外はバーボンを名乗ることはできない。だから普通はこの部分は《KENTUCKY》とか《MADE IN U.S.A》になっているのだが、こいつは違った。なんと《MADE IN HEAVEN》と書いてあるのだ。


「どうですか?なかなかイカすでしょ?」とTはニヤリと笑った。


そして貴重なデッドストックだというのに、惜しげもなく封を切った。


「天国へ行ったら、こいつで一杯やってください。これは店からのおごりです」


 スキットルに詰めて持たせてくれたその酒を、僕はネパール北部のトレイルで飲んだ。眼前には群青の空が広がり、太陽の光は地上よりもずっと眩しい。遠くにはガウリ・サンカルやチョ・オーユなどのヒマラヤの高山が白く輝いていた。それは神々の峰と呼ぶに相応しい光景だった。薄い空気のなか、僕はそっとスキットルの酒を口に含んだ。頑固そうな爺さんのイメージとは裏腹にそれはとてもフルーティで、アタックもマイルドだった。


 世界中のありとあらゆる場所で酒を飲んだが、天国で飲んだのはその時だけである。
スクリュードライバー
撮影協力:スクリュードライバー
(註)

* KEMURI:日本を代表するスカパンクバンド。P.M.A.(Positive Mental Attitude・肯定的精神)を標榜している。

* ククリ:ネパールの伝統的な短刀。鋭い刃物で、刀身が内側に反っている。グルカナイフとも呼ばれる。
 

※記事の情報は2018年1月25日時点のものです。

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