ダイヤモンド富士と北回帰線《ソラノミダイアリー ホーボージュンのほろ酔い放浪記⑧》

今日も日本と世界のどこかで「空飲み」。アウトドアライターのホーボージュンが酒と放浪の日々を綴る。夕焼けと富士山に魅せられた人たちが、湘南の浜に集まる日のお話。(写真:Hideki SAITO)

ライター:HOBOJUNHOBOJUN
メインビジュアル:ダイヤモンド富士と北回帰線《ソラノミダイアリー ホーボージュンのほろ酔い放浪記⑧》

今日はダイヤモンド富士の日だ

 太陽が西へと傾き、あたりに夕方の気配が近づくと、ウチの前の海岸に続々と人が集まってきた。みんな三脚とカメラを担ぎ、せわしなく歩き回っている。中には大型の一眼レフにバズーカ砲のような望遠レンズを付けている人もいる。そこだけを見るとまるでサーキットかスポーツ競技の会場みたいだ。


 それに比べればこどものオモチャみたいなミラーレスカメラを抱え、僕もいそいそと海岸に出た。今日は半年に一度の撮影イベントの日。太陽が富士山の頂上に沈む「ダイヤモンド富士」が見られる日なのだ。


 富士山が嫌いな日本人はいないだろう。古くから絵画に描かれ、多くの庶民に愛されていた。葛飾北斎の『富嶽三十六景』は江戸時代のベストセラーだ。今も富士山をテーマにした作品は世界中で描かれている。風景写真、山岳写真の世界でも不動の人気で、アマチュアカメラマンたちが愛して止まないモチーフになっている。


 その中でも特別なのが「ご来光」と「ダイヤモンド富士」だ。どちらも季節が限定される上に、気象条件が整わないと撮影できない。カメラマンというのはチャンスが少なければ少ない方が燃える生き物だ。「ワンチャンス」が大好きなのである。


「今日は快晴でよかったですね」


「先週の茅ヶ崎は曇っちゃいましたからね」


 堤防でおじさんカメラマンたちが嬉しそうに話をしている。どうやら顔見知りらしい。


 ダイヤモンド富士が見られる日は閏年以外だいたい決まっている。湘南界隈では4月に入ってからで、茅ヶ崎東海岸が1~2日・森戸海岸が3~4日、立石海岸が13~14日、荒崎海岸が17~18日、そして三浦半島最南端の城ヶ崎が26~27日あたりだ。このスケジュールにあわせて地元のおじさんカメラマンたちは国道134線を走り回っているのである。


 ちなみに富士山のお膝元であり、よくカレンダーにもなっている山中湖ではダイヤモンド富士は秋から冬にかけての長い期間見ることができる。この季節はスカッと抜けた青空や秋の紅葉、そしてたっぷり雪化粧した富士山が撮れるので作例も多い。


 山中湖畔で観測できる日は、10月21日頃から11月15日頃と、年が明けてからの1月27日から2月20日頃。ただ富士山周辺では太陽が山頂にかかる時間は湘南よりずっと早く、だいたい日の入りの1時間前だ。場所によっては15時半頃に山頂にかかることもある。だから湘南とは大きく趣きも異なる。どちらも美しいが、僕は湘南から海越しに見るまったりした夕景が好きだ。


「今日はいいんじゃないの?」


 三脚をセッティングしていたら、近所の知り合いから声をかけられた。右手にキャンプチェア、左手に小さなクーラーボックスを持っている。今日は天気もいいし、風もないのでのんびり夕焼け見物だそうだ。


「ほら、1本どうぞ」


 クーラーボックスからビールの小瓶を放ってくれる。ベルギー産のホワイトビールだ。オレンジピールの香りがするフルーティーなビールで、僕の大好物でもある。


 ウチの回りにはこんな夕焼け好きの人が多く、天気のよい日には折り畳み椅子やテーブルを持ち出し、何時間も空を眺めて過ごす人がいる。その多くはお年寄りだが、夫婦でワイングラスを傾けたり、ギターを弾く人なんかもいる。まるでコートダジュールかアマルフィにでも来てるみたいだ。こういう景色を見ると日本も精神的にずいぶん豊かになったなあと思う。

 

夕焼け空を眺め、北回帰線を想う

 僕は浜辺の隠居老人でも有閑マダムでもないが、年がら年じゅう夕焼け見物をしている。そうやって毎日夕陽を眺めていると、太陽が沈む位置が少しずつずれていくのがわかる。冬の間は伊豆半島の熱海あたりに落ちていた夕陽が春になって日が延びるにつれてどんどん右へ右へと(つまり北へ北へと)ずれていき、4月にはこうして富士山にかかるようになる。そしてダイヤモンド富士を過ぎると夕陽は富士山の右肩を撫でるようにして降りていき、丹沢山塊の大山あたりに沈むようになる。


 こうして北の果てまで旅した夕陽は、夏が近づくにつれ、再び南へと戻ってくる。海岸に海の家が林立し、海水浴客で賑わう季節のあいだ、夕陽はまた富士山の右肩に沈む。そして夏休みも終わり、ヒグラシの鳴き声が切なく心に響く頃、太陽はまた富士山頂に沈み、秋のダイヤモンド富士となるのだ。これがだいたい9月の10日前後だ。


 こうして定点で夕陽を眺めていると、「北回帰線」や「南回帰線」というのが本当にあることに気づく。


 小学生のころ、初めて買ってもらった地球儀には赤道に赤い線が引かれていた。それが何を意味するかはすぐにわかった。丸い地球の真ん中だ。ところがその上下に青い破線で書かれた「北回帰線」と「南回帰線」がいったい何を意味するのか、子どもの僕にはぜんぜんわからなかった。


 ご存知のように、地球の自転軸は太陽に対して少し傾いているため、太陽が地表を照らす角度(太陽高度)は季節によって変化する。春分の日と秋分の日には太陽は赤道上で垂直に照らすが、北半球の夏至には北緯23度26分で、冬至には南緯23度26分で照らすようになる。この前者を北回帰線、後者を南回帰線という。


 中学生になり、理科の授業で宇宙の成り立ちを習い、太陽系の動きを知るうちにこういったことがやっと理解できるようになった。でもそれは頭の中で理解したことで、自分の身体としてはわかっていない。だけどこうして夕焼けを見るとそれがちゃんと「実感」できるようになる。そして宇宙ってすごいんだなあ、と感心するようになる。


 アウトドアというのは何も山に登ったり、キャンプをしたりすることじゃない。こうして夕焼けを眺め、宇宙の動きを実感することもそうなのだ。


 この日、太陽は雲に隠れることなく、くっきりと富士山頂へと沈んだ。何年かぶりの完ぺきなダイヤモンド富士だった。浜では何千枚もの写真が撮られ、たくさんの歓声が上がった。はしゃいだ高校生たちが制服のまま海に飛び込んだ。ダサいなあ、ガキだなあと思ったが、それが青春だ。昔の自分を思い出して、顔から火が出そうになった。観光客のおねえさんたちはインスタ用に必死で自撮りを続けていた。太陽に背を向けてひたすら自分の顔をとる姿は、シュールでちょっと怖かった。波打ち際で美男美女のカップルが長いキスをしていた。波にさらわれればいいのにと本気で思った。


 太陽が沈みきってしまうと後には美しい残照が残った。それはオレンジ色に燃え、海には光の道ができている。やがて江ノ島灯台に火が入り、いつもの湘南の光景に戻った。


プシュ。


 いただいたビールの栓を開けた。カメラバッグのパッドの間に差し込んでおいたヒューガルデンはまだ充分に冷たかった。


 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。


 苦みのない爽やかなホワイトビールは、こんな美しい春の夕暮れにぴったりの味がした。いやあ、今年は最高のダイヤモンドだった。こんな風に眺める富士山は、いつもより何倍も大きく見えた。
夕焼け空を眺め、北回帰線を想う
Photo by HOBOJUN
※記事の情報は2018年4月26日時点のものです。

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