イタリア最高級ワイン「バローロ」と最高のマリアージュを生み出す食材とは?

イタリア留学経験もあり、イタリア語講師として多数の著作がある京藤好男さん。イタリアの食文化にも造詣が深い京藤さんが在住していたヴェネツィアをはじめイタリアの美味しいものや家飲み事情について綴る連載コラム。今回は、バローロと白トリュフの魅惑の相性についてアツく語ります。

ライター:京藤好男京藤好男
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ピエモンテで知ったバローロを生み出すブドウ「ネッビオーロ」の底力

イタリアで”Il re dei vini, il vino dei re”「ワインのなかの王, 王たちのワイン」と呼ばれる、最高級赤ワイン「バローロ(Barolo)」。そのリゼルヴァ(長期熟成タイプ)の2011年ものが、ピエモンテ州在住の友人から届いた。ピエモンテの南、ランゲ地方の小村サント・ステファノ・ベルボで、”La Bella Estate(ラ・ベッラ・エスターテ)”という名のアグリトゥーリズモ(農家滞在型観光宿)を営むジャンパオロ・ミラーノさんからだ。

サント・ステファノ・ベルボは、戦後イタリア文学を代表する作家チェーザレ・パヴェーゼ(Cesare Pavese1908-1950)を輩出した村としても知られている。私は大学時代にこの作家の作品に魅かれ、再三この村にも足を運んだ。今では、この村に残る生家を拠点とする「国際パヴェーゼ学会」の会員に認定していただき、地元の人々とも親しくさせてもらっている。ジャンパオロさんとは、その活動が縁で知り合い、この村を訪ねればいつも彼の宿に泊めてもらう間柄になっている。

2011年は東日本大震災の影響で、私がイタリア行きの予定をキャンセルした年だった。それと同時に、私に長女が誕生した年でもあり、何かと思い出深い当時のことをジャンパオロさんは覚えていてくれたのだ。

「いろんな思いが詰まった年だね。君にも、僕にも。ワインは熟成した」

カードにはそう書き添えられていた。バローロは言うまでもなく、国の格付け最高ランク「D.O.C.G.」に認定されたイタリアを代表するワイン。その規定によれば、リゼルヴァの場合「最低熟成期間62カ月」、つまり5年を超える熟成が必要である。2011年のバローロ・リゼルヴァは、すなわち2017年に初めて世に出されるわけで、そのほやほやの1本を、忘れずに私に贈ってくれたのだ。そのやさしさに感謝しつつ、ボトルを眺めていると、ピエモンテの思い出が記憶によみがえってきた。

「ネッビーロはこの土地すべてを吸い込んでいる。ネッビオーロはテロワールそのものだ」

10月末の雨上がりの午後、ランゲの丘に広がるブドウ畑を散歩しながら、ジャンパオロさんがそう切り出した。ネッビオーロ(Nebbiolo)とはブドウの品種名で、そこからバローロが生まれる。バローロとは地名であるが、その土着品種であるネッビオーロを100パーセント使用して熟成されるのが銘酒「バローロ」である。ネッビオーロの収穫は遅い。10月末でもまだ完熟を待っていた。11月に収穫が及ぶこともざらである。晩秋ともなればピエモンテは深い霧に包まれる。ネッビオーロという名は、その霧を表す”Nebbia(ネッビア)”に由来するともいわれる。

「ネッビオーロはピエモンテ土着のブドウの中でも、最も根が長い品種なんだよ。地下7メートル以上にも根を伸ばす。その深みから、様々な地層を経て、その土地の個性のすべてを吸い上げるというわけさ」

言いながら、見晴らしのいい丘の頂上までたどり着くと、ジャンパオロさんはモザイクのようなブドウ畑の1つ1つを指差して説明を続けた。

「このランゲには、多様なミクロクリマ(微妙な気候の差)が存在する。見てごらん。日当たりのいい斜面、陰りがちな斜面、深い谷、川へと広がるなだらかな平地、同じ土壌なのに、少しずつ自然条件が異なる。ほら、あの道を1本隔てた向こうの畑は、同じネッビオーロを育てていても、出来るワインの個性はまったく違うよ。そうした違いを味に、敏感に反映するのがネッビオーロの特徴さ」

「バローロ」と「白トリュフ」、驚きのマリアージュ

そのネッビオーロを育むランゲの土地は、その土壌も個性的だ。アルプス山脈の麓、という立地から、その土壌は石灰質と粘土質が混ざり合い、湿り気の多いものである。一般に、ブドウは乾燥した土地で育つ作物とされている。ところが、このネッビオーロは適度に湿り気のある土を好むという、一風変わった品種なのだ。それと同じ土壌を好む、ランゲならではの産物がもう一つある。それがトリュフだ。詳しい理由はわからないが、最高のワインを生み出すブドウと、世界三大珍味の1つであるトリュフが同じ土壌に育つという、まさに神の配慮としか思えない事実が、ランゲの土地の豊かさを何よりも物語っているだろう。

トリュフのなかでも特に、ランゲ地方有数の都市アルバで名高い「白トリュフ」は、収穫期がちょうどネッビオーロと重なる。10月中旬から11月初旬、つまりネッビオーロの収穫が始まる時期に、アルバでは「白トリュフ祭り」が開催される。そうなると、我々家飲みワイン愛好家としては、白トリュフとバローロのマリアージュという、最高の贅沢を逃すわけにはいかない。私もジャンパオロさんと一緒に、白トリュフの香りに満ちた街へ繰り出したものだ。

そこで驚いたのが、ジャンパオロさんが教えてくれた最高の白トリュフの味わい方だ。一般に白トリュフは、茹でたてのパスタに絡めていただくことが多い。このときパスタは、卵黄をたっぷり使った手打ちの「タヤリン(Tajarin)」という、やや平たいパスタを使うのがピエモンテ流。そこにたっぷりのバターと白トリュフのスライスを混ぜ合わせていただくと、気絶するほどうまい。だが、ランゲの人ジャンパオロさんが真っ先に注文したのは、なんと目玉焼きだった。注文したときには、私も自分の耳を疑ったが、出てきたのはただの目玉焼きだ。ちょっと多めのオリーブオイルで、揚げるように焼くのが彼らの好みらしいが、お皿に盛り付けられたのは間違いなく、黄身が2個の、なんの変哲もない目玉焼き。味付けは塩と胡椒のみ。その上からスライサーで、トリュフを薄く削って撒き散らす。すると、焼けた白身の香ばしい匂いと、白トリュフの濃厚な香りが絡み合って、まるで熟成したチーズのような、高級前菜に変身してしまったのだ。しかも、それをジャンパオロさんはすぐには食さない。まずその料理の匂いを嗅ぐ。そして、グラスに注がれたバローロを、これまた飲まずに、嗅ぐ。皿の匂いを嗅ぎ、グラスを鼻に寄せて嗅ぐ。それを何度も繰り返すのだ。

「バローロもトリュフも、香りを楽しむものさ」

軽く言いのけて、ジャンパオロさんはしばし犬となっていた。あっという間にパスタをたいらげ、バローロをおかわりして感激に浸る私とは違い、なにやら貫禄の差を感じたちょっと衝撃の体験だった。

さて、その例からもわかるように、白トリュフは卵料理との相性が良い。もちろん、この白トリュフは、日本ではほとんど手に入らないが、代わりに「白トリュフオイル」がかなり出回るようになった。もしこのオイルがお手元にあれば、ぜひ卵料理と合わせてみることをおすすめする。目玉焼きはもちろん、オムレツや半熟ゆで卵にも、そのままかけて召し上がれば、かなり本場に近い味を楽しめる。そのときは、ぜひ赤ワインをおともに。もちろん、バローロでなくてもよい。そして、そのときは、ぜひ、すぐに料理を口に運ぶのは控えてもらいたい。まずは香りを嗅ぎ、それから赤ワインの香りを嗅いで…、想像の中で楽しむのである、バローロを育てたピエモンテ貴族のように。


※記事の情報は2017年6月27日時点のものです。
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