どぶろく最前線② どぶろくプラットホーム「どぶらぶ」始まる

日本酒の原点である「どぶろく」には原料や製法などの定義がなにもない。融通無碍、掴みどころのないこの酒の魅力を伝えようと誕生したのが、どぶろくを愛でる会、通称「どぶらぶ」だ。発起人の大越智華子さんに話を聞いた。

メインビジュアル:どぶろく最前線② どぶろくプラットホーム「どぶらぶ」始まる
2021年10月26日に「どぶろくを愛でる会」は「DOBUROKUで乾杯 どぶろくラヴァーズ大集合」と題したオンラインイベントを開催した。世界中に散らばるどぶろくファンが集い、国内外のどぶろくアンバサダーがどぶろくの楽しみ方を解説したり、海外でどぶろくの自家醸造を楽しむ人が増えていることを報告したりした。

どぶろくを愛でる会はその狙いを「『どぶろく』はその日本酒の原点であります。どぶろくと日本酒を未来へ啓蒙することを目的に世界に誇る日本の酒の文化的価値、歴史的価値を後世に伝えてゆきたい、と願う有志が集う会です」とする(公式サイトより)。会長を務めるのは大越智華子さん(リカープラザ代表取締役・千葉県)だ。

日本酒の原点「どぶろく」

山田 これまで貴会のオンラインイベントを2回聴講いたしました。国内の「どぶろく」についてはよく知っているつもりでしたが、海外で「どぶろく」づくりを楽しむ人たちが増えていることは初めて聞く話で大変興味深かったです。

大越 関心を持っていただきありがとうございます。最初になぜこの会を始めたのかをお話ししますね。

私は酒専門店を経営するかたわらワインや日本酒の資格をとって、長年、酒セミナーの講師をしたり、酒イベントを企画運営したりしてきました。本当にさまざまなお酒にかかわってきましたが、「どぶろく」に真剣に向き合ったことはありませんでした。転機は数年前にある大先輩から「お前は『どぶろく』をやれ。バックアップするから日本の酒の原点をきちんとしろ」と言われてからです。

あらためて見回すと酒の本はたくさんあるのに「どぶろく」について整理されたものはありません。飲んでみると味もバラティに富んでいておもしろい。最近はビールでもジンでもクラフトだ、手づくりだって言いますが、それは当たり前のことです。酒はみな農作物から手づくりしてきました。「どぶろく」はその最たるものです。
「どぶらぶ」を立ち会上げた大越智華子さん
「どぶらぶ」を立ち会上げた大越智華子さん。近著の『匠が教える酒のすべて』(三笠書房刊)は好評発売中
大越 そのうち、そう3年位前からでしょうか、若い人たちがその他の醸造酒の製造免許をとって新しいタイプの「どぶろく」をつくり始めました。そして「どぶろく」というワードが急上昇します。彼らのチャレンジはすばらしいことですが、昔ながらの「どぶろく」も元々はこういうものだと発信しないといけません。急に盛り上がってすぐに萎んでしまうような一過性のブームにはしたくないし、してはいけない。

それで、とにかく「どぶろく」のテキストをつくろうと、仲間に協力してもらって小冊子にして、それを教材にセミナーを開きました。やってみるとここは図版があったほうがいいとか、こういう表現をしたほうがいいとか出てきますから、加筆修正を繰り返して、今年の4月にようやくできたのが「日本伝統濁酒学『どぶろく』」です。ここまで来るのに2年かかりました。
「どぶらぶ」オンラインイベント、どぶろくセミナー告知
「どぶらぶ」は2021年10月26日にオンラインイベントを初開催。どぶろくセミナーも開催中
山田 しっかりつくり込んだ力作ですね。おっしゃるとおり「どぶろく」は、一般の方だけでなく酒に詳しい方でも、聞いたことはあるけれど飲んだことも見たこともないという方がほとんどです。

大越 ええ、そうなんです。日本酒のセミナーで受講生に「どぶろく」は日本酒の原点ですと話すと、えっ?という顔をして、「『どぶろく』って飲めるんですか?」とか「つくってはいけないんですよね」という反応で、商品を見ても裏ラベルには「その他の醸造酒」や「濁酒」、あるいは「リキュール」と表示されているものもあって、いったい何なんだ?みたいになります。

山田 「どぶろく」セミナーはここ(リカープラザ大越酒店本店・稲毛市)でされているのですか?

大越 いいえ、都心に東京店がありまして、普段は会員制の酒サロンなのですけれど、土日は使っていないのでそこを借りています。人数が多い時は別の会場を借りることもありますし、呼ばれればどこにでも行きます。ただ、セミナーをやって儲けようという気持ちはまったくなく、外部の方に協力いただく時に無報酬というわけにいきませんから、セミナーの受講料収入を活動資金に回しています。

山田 立派なホームページもあります。

大越 はい。誰かがプラットホームをつくらなければいけないので、先行投資でつくりました。
「その他の醸造酒」製造免許で、新しい日本酒&どぶろくづくりに挑む面々
「その他の醸造酒」製造免許で、新しい日本酒&どぶろくづくりに挑む面々が、6月にクラフト酒ブリュワリー協会を発足させた

酒は最初はみんなドロドロ

山田 会の名称は「どぶろくを愛でる会」ですが、メンバーズカードには「どぶらぶ」とあります。

大越 かわいいでしょ(笑)。名前は「愛でる会」にしましたが仲間から「若い人は『愛でる』がわからない」と。字を見ればわかるのですけれど音で聞くと難しいようです。私の日本酒セミナーでも「ぬか」というと、大学生が『先生、糠ってなんですか』と質問してくるくらいですから、わかりやすく「どぶろくラヴァ―」略して「どぶらぶ」としました。

山田 第1回のイベントでは10月26日「どぶろくの日」でした。

大越 せっかく「どぶろくの日」があるのですから、第1回はその日にやろうと。制定を推進されたのは、「どぶろく」をいち早く発売された武重本家酒造(長野県)さんでしたので、武重有正社長に相談したところ二つ返事で『ぜひやってください』となって、当日は冒頭でご挨拶していただきました。
武重有正さん
「どぶらぶ」の初回オンラインイベントで冒頭に挨拶したのは、いち早くどぶろくを商品化し、「どぶろくの日(10/26)」の制定を推進した武重有正さん(武重本家酒造株式会社)
オンラインイベントでは、自家醸造が認められている海外で、どぶろくづくりに嵌った参加者が近況を報告
オンラインイベントでは、自家醸造が認められている海外で、どぶろくづくりに嵌った参加者が近況を報告
山田 武重さんの『十二六』発表はセンセーショナルでした。酒蔵が「どぶろく」を商品化するとは考えられませんでしたから。でも一般の方をお招きする蔵開きのイベントで、ここでしか飲めないものをと思い、発酵しているもろみを提供できないかと考えたのが商品化のきっかけだったというお話をなるほどと思ったのを覚えています。それまで酒蔵にとって、「どぶろく」は厄介者なのかなと感じた経験が何度かあったので。

大越 あのあとすぐに「白川郷」の三輪酒造(岐阜県)が2月5日を「にごり酒の日」と制定されて、「月の桂」の増田徳兵衛商店(京都府)や「五郎八」の菊水酒造(新潟県)、広島の賀茂泉酒造らとオンラインイベントをやっていらっしゃいました。海外では濁った酒がないのでにごり酒は「クラウディサケ」と呼ばれてとても人気だそうです。

山田 欧米の酒はみなきれいで澄んでいますから。

大越 「どぶろく」に向き合うようになって砂野唯著『酒を食べる』(2019年 昭和堂刊)を読み、あっこれだと思いました。エチオピアのアルコール発酵したものを主食とする部族のレポートなのですが、考えてみると酒は元々ドロドロです。日本酒もビールもワインも始まった時はドロドロで、今のようにきれいになったのはごく最近です。

山田 ほんとうにそうですね。私も東アジアの米の醸造酒を少し見て回りましたが、みなドロドロでした。温かいところはすぐに蒸留してしまう。そうでなければドロドロのまま飲んでいます。
にごり酒が得意な酒蔵たちが集結
にごり酒が得意な酒蔵たちが集結し「にごり酒の日(2/25)」を制定。オンラインイベントでにごり酒を発信した

発信の仕方は多彩に

山田 「どぶらぶ」ではバックボーンの異なる4人のアンバサダーがいらっしゃいます。彼らはどういう経緯で加わったのですか?

大越 発信力のある人が必要だと考えて4人のアンバサダーにお願いしました。ジャスティン・ポッツさんは、日本の発酵食品に興味があって味噌や醤油に触れているうちに、日本酒も勉強しようという感じで私のセミナーを受講されたのが知り合うきっかけでした。アメリカのシアトル出身で英語のネイティブスピーカー、日本語がとても上手なうえに発酵の知識も豊富です。以来、親しくさせていただいて、「どぶろく」をやるから手伝ってと相談すると「ぜひ!」と参加してくれました。  

アサノノリエさんは、日本酒だけでなくワインやビールにも詳しく、独特の表現でわかりやすく一般の人に酒を伝えられる方です。発信力も高いので協力をお願いしました。  

更香ハッセーさんはポーランド在住の日本人で、国連職員としてキャリアを積んだ後、酒ビジネスに取り組まれました。「どぶろく」をやりたいんだけどと話したら、自家醸造が認められている海外では日本酒ラヴァ―に「どぶろく」づくりが広まりつつあるとおっしゃって、ぜひ協力したいと。  

漫才師の「にほんしゅ」の二人は、吉本興業を離れてうちの店で働きながら日本酒を勉強して唎酒師をとりました。最近は日本酒のイベントに呼んでもらえるようになってきたので、ご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。二人とも酒や米にかなり詳しくなったので、「どぶろく」もやってみないと誘いました。  

「どぶろくを愛でる会」の副会長の入江亮子さん(料理家・酒学講師)と私は、「どぶろく」の文化や歴史を担当して、若いアンバサダーたちにはそれぞれの視点から「どぶろく」を発信して、新しい切り口で見せていこうと思っています。私の「どぶろく」セミナーも彼らに見てもらって、あなたならどうやるかを考えてみてと投げかける。いろいろな伝え方があったほうがいいですから。
アサノノリエさん、大越智華子さん、あさやん、ジャスティン・ポッツさん
大越さんと「どぶろくアンバサダー」たち。左からアサノノリエさん、大越智華子さん(代表)、あさやん(漫才師にほんしゅ)、ジャスティン・ポッツさん
大越 今、アンバサダーとはワルシャワ時間に合わせて、定期的にオンラインミーテングをしていて、イベントはセミナー、生産者の紹介、商品の紹介の3つの柱で進めるのがよさそうだとなってきています。

山田 その採りあげ方は話が具体的でわかりやすく、さまざまな方が登場するので楽しそうです。ところでセミナーの受講生や先日のオンラインイベントを聴講された方は、「どぶろく」のどんなところに関心を持っているのでしょうか?

大越 質問やアンケートを見ると、一番多いのは「どこで買えますか?」です。その次が「おすすめの商品は?」でしょうか。料理との合わせ方、健康にいいのか、海外ではどんな「どぶろく」が人気かなどさまざまです。

山田 「どぶろく」は買える店は少ないですし、生産者から取り寄せると送料がかかって高くなります。買える場所と飲める場所が要りますね。

大越 そう思います。セミナーでは数点比較しますが、みな味が違うのがよくわかります。

それから時々、製造免許をとって開業したいけれどどうすればいいかという質問もあります。どぶろく特区制度を利用して製造免許を取るには、自分で米づくりをしなければならないうえ、醸造所にレストランか宿泊施設を併設しなければなりません。開業前にたくさんのハードルがありますが、実際に開業された方の事例も整理しています。

山田 開業希望者には有益な情報ですね。どこに聞けばいいのかもわからないでしょうから。
「どぶらぶ」のオリジナルTシャツ
「どぶらぶ」のオリジナルTシャツ。背面には1026(どぶろく)が。7月26日に開催した初のリアルイベントで

酒のカテゴリーとして認知させる

山田 これからどんな展開をお考えですか。

大越 まだ始めたばかり、「どぶらぶ」がスタートしたのが去年の秋ですから、「どぶろく」に関心のある方が集まる核をつくり、プラットホームにしたいです。オンラインならば地方の方も参加しやすいですし、海外との交流も容易です。  

そして、そこで「どぶろく」を手づくりしていたエピソードを収集したい。今の50代以上の方々が、お祖母ちゃんは昔「どぶろく」をこっそりつくっていたという話を聞いたり見たりした最後の世代ではないでしょうか。もっと下の世代はリアルタイムではまず知りません。エピソードを収集できる最後のタイミングだと思うので、ホームページを活用して進めたいですね。

山田 自家醸造の解禁運動にも取り組みたいのではありませんか?

大越 やりたいですけれど最初は海外の動きを紹介するところからでしょうか。「どぶろく」のテキストのなかで故穂積忠彦先生の本を紹介させていただいていますが、先生には生前たいへんお世話になりました。笹野好太郎のお名前でお書きになった「どぶろく」関係のご著書はほとんど持っていますが、本の扉を開くと「またの名を穂積忠彦」とサインしていただいているものもあります。そんなご縁もあって自家醸造の解禁もやりたいのですけれど、主張するだけでなく実現できるやり方を探りつつだと感じます。

山田 そうですね。裁判で敗訴していますから、同じやり方では実現は難しい。ただ、時代は変わりさまざまな切り口が出てきています。

大越 そして「どぶろく」は酒と農業とのつながりを見せてくれます。清酒は透明で外観から米は想像できませんが、「どぶろく」は見るからにお米で、何もお化粧していません。米が大事なんだ、大切なのは農業だと感じてもらい、酒のカテゴリーのひとつとして認められるようにしたいと思います。

山田 まったく同感です。私どもも「どぶらぶ」に協力したいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

(2022年5月10日 於リカープラザ大越酒店本店聞き手:山田聡昭)

※記事の情報は2022年9月15日時点のものです。

  

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