マグロから旬のサンマまで。刺身とビールのマリアージュを真剣に探ってみた

ビアコーディネーターが考える「刺身とクラフトビール」のベストな組み合わせとは?

ライター:長谷川小二郎長谷川小二郎
メインビジュアル:マグロから旬のサンマまで。刺身とビールのマリアージュを真剣に探ってみた
刺身は、居酒屋で注文しても、スーパーに行って切ってあるものを買ってきても、手軽でしかも旬のものを楽しめる、人気の食べ物だ。ご飯のおかずにしてもいいし、酒のつまみにしてもよい。日本酒や焼酎と一緒に楽しむのはもちろん最高だが、刺身の横に瓶ビールが並んでいるのもありふれた光景であり、実際に多くの人がそうして楽しんでいる。筆者は、ビールと料理のマリアージュのプロである「ビアコーディネイター」のセミナー講師として、そのビールのスタイルを考慮した合わせ方を提案したい。

どんな刺身とも合うビールは?

いきなりだが、刺身とならば基本的に何でもうまくいってしまうビアスタイルを紹介しよう。ヴァイツェンである。ヴァイツェンは南ドイツで発祥した、使用麦芽のうち小麦を半分以上使ったビールで、バナナやクローヴ(チョウジ)のような香りと、甘味とほのかな酸味が特徴で、苦味は感じられないか、あってもごくわずか。

これがなぜ刺身と合わせて素晴らしいかというと、まず醤油と合ってしまうからだ。醤油には300以上の香り成分があり、そのなかでよく感じられるものの一つに酢酸イソアミルがあり、これがなんとバナナのような香りがする。「醤油にバナナの香りが?」と不思議に思うかもしれないが、家にある醤油(きっと濃口だろう。それが好都合)を改めて慎重に香りをかいで、味見してみよう。バナナを見つけられるだろうか? もしくは、醤油をなめながらヴァイツェンを飲んでみよう。バナナの香りが強まるのが感じられるだろう。そう、醤油とヴァイツェンの両方にあるバナナの香りが、口腔の中で高まり合うのだ。
横浜ビールのヴァイツェンは、国産の中で出来が良い銘柄のひとつ
横浜ビールのヴァイツェンは、国産の中で出来が良い銘柄のひとつ
さらにこのバナナの香りは、魚の生臭さを覆い隠す役割も果たす。そして醤油からもたらされる塩味によってヴァイツェンの甘味は引き立ち、逆にヴァイツェンのほのかな酸味は醤油を付けた刺身全体にほど良い緊張感を与える。

しかし、ある程度の臭みはうま味を引き立てるから好ましい、という人もいるだろう。そういう人は、これから4種の魚それぞれとマリアージュを起こせるビールを挙げていくので、それらを試してみてほしい。

サンマとほろ苦いアンバーエール

秋の味覚の代表・サンマ。刺身にするときは肝醤油をつくってみよう
秋の味覚の代表・サンマ。刺身にするときは肝醤油をつくってみよう
半世紀ぶりの不漁だった昨年から一転し、今年は8月下旬から北海道、三陸でまずまずの水揚げとなっている。確かに昨年はそもそも売り場で見る機会が少なく、売られていたとしても身が細く、物足りなかった。しかし今年は脂の乗りも身の太さも良く、しかも安い。食べ方は塩焼きが筆頭に挙がるだろうが、ぜひ自分でさばいて加熱した肝を醤油に溶かし、それを付ける刺身でも食べてみてほしい。

サンクトガーレンのブラウンエールと合わせると、その香ばしさと相まった苦味がほろ苦さ、つまり肝を想起させるので、生のサンマを食べているのに目を閉じると塩焼きの感じも出てくるという、不思議な美味しさを味わえる。肝醤油で食べる場合はなおさらだ。ビールの苦味と香ばしさはまた、サンマのうま味を強める。ヴァイツェンと合わせるとほろ苦さや魚特有の臭みは覆い隠されて食べやすくなって、箸が止まらなくなる。
サンクトガーレンのアンバーエールは、香ばしさと苦さのバランスが良く、まさに「ほろ苦い」
サンクトガーレンのアンバーエールは、香ばしさと苦さのバランスが良く、まさに「ほろ苦い」

タチウオと香り高いが軽めのIPA

夏から秋にかけて旬を迎えるタチウオ
夏から秋にかけて旬を迎えるタチウオ
タチウオはその名の通り、むき身の刀のような姿をしている白身魚。ウロコはない。旬は夏から秋で、食べ方はサンマと同じく塩焼きが筆頭。ムニエルもいい。しかし刺身で食べるときに劇的に美味しくさせる方法がある。付ける醤油を淡口(うすくち)にすることだ。

淡口醤油は濃口醤油よりも色が薄く、素材の色味を生かしたい煮物やだし汁に使うのが定番で、そのままなめると塩味を強くはっきりと感じる。これを、青魚ほどはっきりとは感じないがうま味成分を持っている白身魚に付けると、表には出てこないうま味を塩味が引き出してくれる。  

これにコエドの毬花(まりはな)のようなセッションIPAを合わせると、ビールの苦味が魚のうま味を強めてくれて、グレープフルーツのような香りはまさに、焼きでも刺身でもタチウオの身に柑橘類を搾ったときの味わいを与えてくれて、「ああ、これこれ」という、過去に食べたことがあるという安心感からもたらされる美味しさが得られる。またそうしたフルーツの香りが臭みを隠すのも言うまでもない。  

ヴァイツェンと合わせて面白いのは、臭みを消す効果が強いだけでなく、口に含んでから塩味とバナナの香りが一緒になることにより、淡口醤油で食べているのに濃厚な香り、つまり濃口醤油で食べているかのように感じられること。さらに淡口のはっきりした塩味はヴァイツェンの甘味を強めるので、「ビールの味が変わった」と思う人もいるだろう。
ホップの香りが豊かながら苦味はほど良いコエドの毬花
ホップの香りが豊かながら苦味はほど良いコエドの毬花

サーモンとヘーゼルナッツのビール

サーモンの味わいを広げるために、ガスバーナーを導入しよう
サーモンの味わいを広げるために、ガスバーナーを導入しよう
旬の魚を2種挙げたので、残り2種は通年手に入るものにしよう。その一つ目はサーモン。ぜひ導入してもらいたいのがガスバーナーで、家で手軽に「炙りサーモン」をつくることができる。焦げを付けることによってうま味が増すし、焦げの部分と生の部分の対比を楽しむこともできる。  

これに合わせてもらいたいのが「再仕込(さいしこみ)」というスタイル(醸造様式)の醤油だ。もともと山口県柳井市で発祥した製法だが、現在では各地で広くつくられている。発酵させて搾った生の醤油を再び麹に混ぜて再び発酵させてつくる。想像できる通り、濃口と比べると甘味やうま味、焦げ香ばしさが強いほか、熟成感も出てくる。そして中には、バターのような香りを持つ銘柄もある。これがサーモンの刺身に実に良く、まるでバターソテーのような感じも出てくる。  

これに合わせるビールとして挑戦してもらいたいのが、ヘーゼルナッツを使ったブラウンエールだ。ブラウンエールはもともとナッツのような香りがするのが特徴の一つだが、本当にナッツも入れてその香りを強めようとする意欲作で、日本では上の写真の銘柄がよく出回っている。さらに適度な焦げ香ばしさとほのかなバター香りもある。再仕込で食べる、特に炙ったサーモンと合わせると、特徴が高まり合い、濃厚な味わいになるのは想像に難くないだろう。  

ヴァイツェンと合わせると、焦げ香ばしさが強まるというよりも、香りが焼きバナナ(醤油を垂らしてつくると驚くほど美味しい)のようになる。こちらも濃厚な味わいになるので、ぜひヘーゼルナッツのビールと食べ比べてみてほしい。
米国オレゴン州から輸入されている、ローグのヘーゼルナットブラウンネクター
米国オレゴン州から輸入されている、ローグのヘーゼルナットブラウンネクター

マグロと濁り・フルーティーさがあるIPA

刺身といえばまずこのマグロ
刺身といえばまずこのマグロ
最後に、刺身で食べる魚種として最も一般的と言える、マグロを合わせてみよう。これまでの魚種にはぜひ使ってみてほしい醤油の醸造スタイルを挙げてきたが、マグロに関してはいつも使っているものでいいだろう。一つだけ注意するとするならば、今回挙げた淡口醤油や、使用する穀物としては小麦を100%またはそれに近い割合の白醤油だと、魚臭さを中和する消臭効果が低いため、臭みが気になる人が出てくるだろう。しかしこれも好みだ。  

これにぜひ合わせてもらいたいビールが、ヘイジーオアジューシーIPAだ。これは米国で急速に人気となったビアスタイルで、香り付けのためにホップを多用して、ホップ由来のフルーティーな香りを強め、見た目が濁っているのが特徴だ。  

これにマグロの刺身を合わせると、醤油がさらに複雑な香りと酸味を持つ和風ドレッシングに変化し、カルパッチョを食べているかのような感覚になる。マグロはフルーティーな味わいと合わせると、臭みが覆い隠されつつ甘味が強まったり、酸味で緊張感がもたらされたりする。だからフルーティーな味わいを持つビールをいろいろと試してみてほしい。

そしてヴァイツェンを合わせると、前述した酢酸イソアミル同士が高まることもあり、醤油らしい香りが増す。つまりヴァイツェンを活用すれば、醤油の味わいを強めるのに、単に醤油をたくさん使って塩気が強くなりすぎなくて済むのだ。バナナやクローヴのような香りは魚臭さを隠してくれる。
日本でも人気を博しているヘイジーオアジューシーIPA
日本でも人気を博しているヘイジーオアジューシーIPA

一方、ヴァイツェンを基点に考えたおすすめの刺身は、貝類だ。ホタテなどの貝類には4VG(4ビニルグアイヤコール)という香り成分がよく含まれていて、実はこれがクローヴのような香りがする。だからヴァイツェンと合わせると、ヴァイツェンらしい、そして貝らしい香りが高まり合う。またヴァイツェンの甘味は貝の甘味を強める。だから多くの貝の旬である春が来ると、筆者はヴァイツェンが飲みたくなってくる。  

ビアコーディネイターとしていろいろ理屈とそれで説明がつく現象を挙げたが、ぜひそれだけにとどまらず、自由な発想でいろいろなビールと合わせてみてほしい。新しい世界が必ず拓けるだろう。

※記事の情報は2018年10月13日時点のものです。
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