ナショナルブランドを侮るなかれ、月桂冠の日本酒は研究の賜物だった

「ナショナルブランドの日本酒=低価格のパック酒」というイメージが強いかもしれませんが、実は大手の蔵元だからこそ高品質な日本酒の製造ができるんです。今回は月桂冠を訪れ、その技術力の根源を探ります。

ライター:青田俊一青田俊一
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「ナショナルブランド=安価なだけのパック酒」は大間違い

突然ですが、灘や伏見の日本酒ブランドってどう思いますか?

酒類業界では灘伏見の大手の蔵元のブランドのことは総じてナショナルブランドと呼ばれているのですが、私の周囲の日本酒好きの方の間ではこのナショナルブランドってパック酒の安酒のイメージが強いようで、あまり良いイメージを持っている方はいません。日本酒=地酒で、ナショナルブランドを敬遠する方はとても多いのが現状ではないでしょうか。

しかしながら業界にいる立場からすると、ナショナルブランドは全国新酒鑑評会での金賞受賞の常連ばかりですし、海外のコンクールで受賞していたりもするので、その技術力の高さには定評があります。

そこで今回は久しぶりに会社を飛び出し、京都・伏見の月桂冠を訪ね、醸造部の杜氏・相川元庸さんにお話を伺いました。

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月桂冠の四季醸造と寒造り

日本酒の仕込みは通常、冬の寒い時期に行われます。これは雑菌が繁殖しにくく、発酵に適した気温であるということが理由としてあげられます。これに対し現代では空調設備の発達によって、四季醸造と呼ばれる1年を通じた酒造りもできるようになりました。

月桂冠はこの四季醸造の設備を日本で初めて導入した蔵元です。そう聞くと工業的に生産されているイメージになるかもしれませんが、いわゆる地酒の蔵元でも四季醸造のところは多いです。逆に伏見には生産量が減ってしまったが故に寒造りに戻した蔵元もあったりします。なので地酒だから寒造りで精魂込めて造っているとか、伏見の蔵だから四季醸造で工業的に造っているというのは間違ったイメージです。

で、月桂冠に話を戻しますと、月桂冠には大手一号蔵、大手二号蔵、昭和蔵、内蔵の4つの蔵があるのですが、大手蔵が四季醸造、内蔵が寒造りといった形になっています。今回の訪問ではこの内蔵の杜氏である相川氏にお話を伺いました。
月桂冠
新酒を知らせる杉玉

月桂冠の理念は「品質第一」

相川杜氏
相川杜氏
相川杜氏は月桂冠でただひとり杜氏の称号を持っています。相川杜氏は大学時代に酵母の研究と出会い、それがきっかけで月桂冠に入社。かつては月桂冠にも冬場の出稼ぎの杜氏がいたそうですが、高齢化によって引退されたのを機に、但馬杜氏に師事していた経験から相川杜氏になったそうです。

あまり知られていませんが、月桂冠は酵母研究の第一人者、実は酵母に関しての多くの特許権を有しています。月桂冠はこの特許技術を広く公開しており、この技術が活用された酵母が協会酵母として全国の蔵元に頒布されているのです。月桂冠が今日の日本酒業界の立役者と言っても過言ではないかもしれません。

そんな酵母のエキスパートである月桂冠で杜氏を勤める相川氏、酒造りにおいてどのような点にこだわっているのでしょうか。

それは月桂冠の理念でもある“品質第一”をいかに実現するか、これが相川杜氏の目指す酒造りだそう。
放冷作業
内蔵では今でも手作業中心での酒造りが行われています
では品質第一を実現するためにどのような工夫がされているのでしょうか。

月桂冠では四季醸造で年間1000回の仕込みがなされます。これは寒造りで1シーズンに数十回しか仕込みを経験できない蔵元からすると驚異的な数字です。「1000回も仕込むことができるので、その分データを蓄積できるのが月桂冠の強み」と相川杜氏は言います。

空調設備の発達によって、年間を通じて冬場と同じ条件での酒造りが可能になったとはいえ、原料である米は農産物。同じ産地の同じ銘柄の米でも、年によってもちろん出来は異なります。

これをいかにして一定の品質に仕上げるか、ここにデータが活用されます。蓄積されたデータをフィードバックすることで、即座に方向修正をすることができるので、常に品質を保つことができるそうです。世間では安い酒と思われている日本酒も、このような地道な努力の下で造られていると思うと考え方が変わりますよね。

このデータを活用した酒造りは、内蔵での酒造りにも活用されます。先述のとおり、月桂冠は酵母研究の第一人者。今でもなお酵母の研究に力を入れています。そして酵母研究にも重要になってくるのがデータというわけです。
 
月桂冠
風情のある内蔵
新酒鑑評会への出品酒に使われる酵母は協会9号系が使われることが非常に多いのですが、月桂冠の出品酒は違います。

例えば内蔵では相川杜氏が決めた酵母を数種類ブレンドして使うそうです。このような試みで金賞が受賞できるのですから、技術力の高さには驚かずにいられません。以前の記事でご紹介した協会2号酵母の日本酒もとても素晴らしいものでした。

また、この内蔵は人材育成の場にもなっているそうです。

「酒を造るための機械を動かすのは人。その人が手づくりでの工程を理解していなければ機械を動かすことはできません。ここで酒造りを体感することで現場に通じる人材育成ができる」と相川杜氏。

内蔵の製造量は月桂冠全体の1%にも満たないほどだそうですが、月桂冠の酒造りを支える重要な役割を担っているんですね。

安定した高品質の日本酒を造り続ける

いくら設備が進化したとはいえ相手は農産物と微生物、安定した品質の日本酒を造り続けるということはとても難しいこと。

個人的にはワインのように都度味が変わっても趣があって楽しいと思うのですが、おそらく世の中の大半の方が日本酒に求めているのはそうではないでしょう。低価格の日本酒でも安定した品質のものがお届けできるのは、この月桂冠のような弛まぬ研究があってこそなのです。

今日の日本酒業界があるのは、月桂冠のような研究と技術力の研磨があったからに他なりません。ナショナルブランドの日本酒だからこそ本当に品質の高いものを造っているので、先入観で飲まず嫌いではもったいないのです。

これを機にナショナルブランドの日本酒に対してのイメージが少しでも良くなることを願っています。


※記事の情報は2020年2月17日時点のものです。
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