消えた国産ウイスキーの「□□年」。原酒不足の謎に迫る。

こつ然と酒屋さんの棚から消えた「山崎12年」。国産ウイスキーの「原酒不足」はなぜ起きたのか、専門家にお話をきいてきました。

ライター:まるまる
メインビジュアル:消えた国産ウイスキーの「□□年」。原酒不足の謎に迫る。
山崎12年、余市10年といった熟成年数表記のあるウイスキーが酒屋さんの棚から消え、メーカーが終売を宣言してしばらく経ちます。復活するきざしはありませんね。新聞記事によるとこれは国産ウイスキーの「原酒不足」が原因なのだそうです。でもウイスキーって、そんなに不足になるほどブームだったっけ。確かにハイボールは流行ったし、朝の連ドラ「マッサン」も人気だったけど、だからといって山崎12年みたいな高級ウイスキーを飲む人がそんなにいたようには思えませんでした。なんか不思議です。

国産ウイスキーの原酒不足がどうして起こったのか、そしてこれからどうなるのか。ウイスキー初心者の私ではありますが、この疑問を解決するために、埼玉県草加市のバー「Scotch Bar John O’Groats(ジョン オグローツ)」のオーナーバーテンダーであり、ウイスキー文化研究所で「マスターオブウイスキー」として講師も勤められている、鈴木勝二さんにお話をうかがいました。

原酒不足の要因は、1980〜90年代の「ウイスキー冬の時代」にある

竹鶴21年

鈴木さん、このウイスキー不足はなぜ起きてるのでしょうか。

「その前に、ひとつ誤解があると思うのですが、年数表記されたウイスキーが品薄になっているのは国産だけじゃないんです。例えばスタンダードだったマッカラン12年といったスコッチウイスキーも、手に入りづらい状態になってしまっている」(鈴木さん)

そうなんですか。世界的な、ウイスキー界全体の現象なのですね。これが「原酒不足」によるものだというのは本当なのでしょうか。

「80年代後半から90年代にかけて、ウイスキー全体の人気がなくなって消費量が減った『冬の時代』がありました。売れないのだから当然、メーカーは生産量を落とします。ウイスキーの熟成には年数がかかりますから、人気が出てきたからといって増産しても、出荷できる量をすぐには増やせません。冬の時代の生産量の少なさが、いまだに影響しているわけです」(鈴木さん)

そうですか、作ってすぐに売れるものじゃないから、過去のある時期に生産量が少なくて人気が復活すれば、不足してくるわけですね。

「年代表記のないウイスキーは『ノンエイジ』と言われますが、年数表示がなくなると、使える原酒の制約がなくなって、幅が広がるという良い面もあります。熟成年数6〜7年ぐらいの原酒を加えたらもう『12年』とは名乗れないけれど、それでも充分に美味しいものはできるのです」(鈴木さん)

なるほど、それで何年、という表記が消えたんですね。でも、いまはもう2018年です。90年代が冬の時代だったとしても、そろそろ「12年もの」は復活しても良さそうなものじゃないですか。

「熟成年数を表記したシングルモルトウイスキーであっても、熟成年数が異なる複数の樽の原酒を混ぜて完成するんです。これをバッティングといいます。表記されている年数は、そのなかで最も熟成年数が短い樽のものです。つまり『12年』という表記はいちばん短くて12年ということで、その中には20年、30年と熟成させた樽の原酒も入っているかも知れません。毎年のウイスキーの出来は一定ではありません。環境や樽が違えば味わいも違ってしまいます。ブレンダーはブランドを守るため味を一定に保つ努力をします。そのために、種類も熟成年数も様々な樽の原酒を駆使して混ぜ合わせるのです」(鈴木さん)

う〜ん、12年間ガマンすればすぐに「12年」が飲めるわけじゃないんですね。

「ウイスキーはある時期に売れ過ぎても困るし、売れな過ぎても困る。ずっと平均的に市場に出るのが一番いいのですが、なかなかそうはなってくれません」(鈴木さん)
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気軽に国産シングルモルトを飲める日は近いのか?

軽井沢17年

香港のオークションで、「山崎50年」1本が何千万円という高値で落札されたというニュースもありましたね。

「原酒不足は世界的な現象だと言いましたが、特に手に入りにくいのが国産ウイスキーだというのは事実です。国産ウイスキーは、2000年くらいから海外で賞を獲ったりして徐々に人気が出てきて、2014年の『マッサン』放送の前後から国産ウイスキーを買って転売する人たち、いわゆる『転バイヤー』の動きが活発化してきました。これにコレクターが反応して、『山崎』『白州』『竹鶴』『余市』といったビッグネームはわかりやすく市場も大きいので狙われてしまい、すぐに高値で取引されるようになり、さらに品薄に拍車がかかって今に至っているわけです。メルシャンの『軽井沢』も、ものによってはマンションの頭金かというぐらいの価格で出品されています」(鈴木さん)

鈴木さんはこのとき、実際に某価格サイトを検索して見せてくれましたが、本当に1本数十万円の価格表示がずらっと並んでいて、頭がくらくらしてきます。この市場はまだ続くのでしょうか。そしていまのような状態を、鈴木さんのようなウイスキーの専門家はどう感じているのでしょうか。

「シングルモルトを中心に、国産ウイスキーの希少価値があがってしまいましたが、ウイスキーに愛情を持っている人が飲めなくなってしまうので、投機的に扱うのはやめてほしいと願っています。ただし、転売ブームもここ1〜2年はスコッチでは波が引いています。今ではもう一部の国産だけに絞られていると感じます」(鈴木さん)
 
白州12年

私たちのような一般のウイスキー好きが国産シングルモルトを気軽に飲める日も近いかもしれませんね。

「メーカーも努力していますし、私たちのような中間にいる者は、いま手に入りやすい範疇のウイスキーで、いかにお客さまを飽きさせず、満足していただくか、その工夫をすることが使命だと思っています。値段が高いからではなく、これは間違いなく美味しいですよ、というおすすめをしたいです。お客さまには心からウイスキーを好きになっていただきたいですから」(鈴木さん)

お話の端々から、鈴木さんの「ウイスキー愛」がひしひしと伝わってきます。わたしたち飲む側だけではなく、バーテンダーの皆さんこそ、飲みたいウイスキーが飲みづらくなってしまった現状を憂いていらっしゃいます。私たちにできることは、再び「冬の時代」が来るようなことのないよう、今あるウイスキーをしっかり楽しむこと。そうして、国産シングルモルトの熟成年数の違いを手軽に飲み比べできる日が、再び来ることを待ちましょう。鈴木さん、貴重なお話をありがとうございました。

お話をしてくれたのはこの人

鈴木勝二(すずき・しょうじ)さん

ウイスキー文化研究所認定ウイスキーコニサー資格「マスターオブウイスキー」認定。埼玉県草加市にある「Scotch Bar John O’Groats」 (ジョン オグローツ)オーナーバーテンダー。“気がついたら好きになっていた”というウイスキーは、店内に常時1000本以上を揃えている。現在はバーテンダーとして活躍するかたわら、ウイスキー検定対策講座講師、ウイスキー専門誌『ウイスキーガロア』のテイスターを務めている。「バーで飲むことと家飲みは対立関係ではありません。バーと家では全く違う飲み方をする人もいるし、バーでいろいろな味に出会って自宅で飲む時の参考にする人もいます。私も家飲みは大好きで、毎晩飲んでます(笑)。自分の店では、飲酒はしないけど試飲はします。お客さまに出す以上は責任があるから味を把握して、全て説明してお出しできるようにしています」(鈴木さん)。

鈴木勝二さん
※記事の情報は2018年9月25日時点のものです。
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