歩いて楽しむ酒⑨ 食と酒のテーマパーク「FICOイータリー・ワールド」

レストランとショップを融合した「グロサラント業態」のトップランナー「イータリー」。2017年11月にボローニャにオープンした、食のテーマパークというべき「FICOイータリー・ワールド」をレポート!

メインビジュアル:歩いて楽しむ酒⑨ 食と酒のテーマパーク「FICOイータリー・ワールド」
イータリー(EATRLY)は、イタリアンフードの専門小売店で、最初の出店は2007年のトリノです。イタリア産フードだけを取り扱い、食と酒を学び、体験し、買える店づくりを進めた結果、レストランとショップを融合した「グロサラント業態」のトップランナーになります。そして、わずか10年でイタリア国内の店舗は20店を超え、世界に約40店の店舗網をつくりあげました。日本では東京に2店あり、ニューヨーク、ロンドン、パリ、トロント、ラスベガスなど世界の主要都市での出店も進めています。成長著しい同社が2017年11月にボローニャにオープンしたのが、食のテーマパーク「FICOイータリー・ワールド」(以下FICO)です。

世界最大オンリーワンの「食」売場

FICOの売場面積は約30,000坪、およそ東京ドーム2個分に相当します。8割がインドアの施設で、残り2割は農場や牧畜を再現した屋外施設です。日本でも同じくらいのサイズのショッピングモールはありますが、ファッション、靴、家電、ホームセンターなど多彩な業種が出店しています。食品だけでこれだけの売場を持つ施設は、おそらく世界でもここだけです。

所在地はイタリア北部の都市のボローニャ。エミリア・ロマーニャ州の州都で、ボローニャ大学はガリレオやダンテも在学した欧州最古の大学のひとつです。古くから交通の要所として栄え、今もミラノ、フィレンツェ、ヴェニス、ローマなど主要都市に特急列車で1~2時間で行けます。ただ、目玉になる観光資源がなく通過駅になりがちです。世界中から観光客が集まるイタリアで、同市の観光開発は長年の課題でした。また、ボローニャには周辺地域の拠点となる大きな果実・青果の市場がありましたが、大型量販店やイタリア生協による生産農家との直接取引が進み、梃入れが必要になっていました。

そこで浮上したのがFICOを建設し、イタリアの食文化振興の拠点とする構想です。イータリーとイタリア生協が共同出資して、イータリー・ワールドという運営会社を設立、ボローニャ市は旧果実・青果市場の建物と土地を無償に近いかたちで提供し、鉄道会社と旅行会社もパートナーとして参画、食育を担う機関として国からの支援もあると言います。イータリー側は出店する業者を選定し、FICOとしておこなうセミナーやイベントの推進、広報、マーケティングなどのスタッフ業務を担当するほか、売場の一画に他のショップと並列で出店した直営売場を運営します。
ボローニャはイタリアの真ん中。ミラノ、ヴェネチア、フィレンツェ、ローマにも直行できる交通の要衝
ボローニャはイタリアの真ん中。ミラノ、ヴェネチア、フィレンツェ、ローマにも直行できる交通の要衝
ショップの入る建物の周りにはイタリア野菜のサンプルが植えられていた
ショップの入る建物の周りにはイタリア野菜のサンプルが植えられていた
イタリアで昔から飼ってきた牛、ロバ、羊、鳥などを飼育する畜舎も併設
イタリアで昔から飼ってきた牛、ロバ、羊、鳥などを飼育する畜舎も併設
イタリアのワインの主要なブドウ品種が植えられた畑もあった
イタリアのワインの主要なブドウ品種が植えられた畑もあった
バルサミコ酢のショップには熟成工程を見せる展示。有料セミナーも人気
バルサミコ酢のショップには熟成工程を見せる展示。有料セミナーも人気
展示には昔のイタリアの米づくりの写真が。日本とあまりにも似た風景に目を疑った
展示には昔のイタリアの米づくりの写真が。日本とあまりにも似た風景に目を疑った

40の工場が出店する食&酒売場

イータリーの国内店舗での取扱商品を統括し、FICOの出店業者の選定をリードしたセバスティアーノ氏にインタビューすることができました。彼は「イタリアの食文化は世界中に普及したが、多くはイタリアの食材を使っていない。だからイタリアの食材を深く知ってもらいたい」と述べ、FICOのコンセプトは「どのように『製品(product)』になるかを実際に見て、素材がどこからきているのかを『説明(explanation)』し、その場で『飲食(eat)』して体験する」としたと言います。

FICOには、チーズ、加工肉、パスタ、ソース、フルーツ加工品、ドルチェ、オリーブオイル、バルサミコ酢、ワイン、ビールなどの伝統的な製法を守る生産者が、見せる工場とショップ、飲食の場を備えて出店しています。ブルワリーやワイナリーなどの加工工場は40にのぼり、飲食できる施設はテイクアウトだけの店も含めて45を数えます。 まさに食のテーマパークと呼ぶのにふさわしい内容でが、多くの人が気軽に来場できることを優先して入場料は無料です。
パルミジャーノレジャーノのショップは高級ブティックのよう
パルミジャーノレジャーノのショップは高級ブティックのよう
パルミジャーノレジャーノのショップのバーでワインとペアリング
パルミジャーノレジャーノのショップのバーでワインとペアリング
ハムのショップにはイタリア各地のハムが並び切りたてを購入できる
ハムのショップにはイタリア各地のハムが並び切りたてを購入できる
ボローニャハムの工房は製造現場をそのまま見せる
ボローニャハムの工房は製造現場をそのまま見せる

ワイン売場にはワイナリー&レストラン&シアター

さて、酒類の売場を見てみましょう。FICOにある45の飲食店の多くがワインやビールなどの酒類を提供しますが、物販するのは3か所です。ワイン売場、クラフトビール売場、そしてリキュール・スピリッツ売場です。このうちワインとビールは醸造所とパブ・レストランが併設されています。ワインやクラフトビールではブルワリーパブは珍しくありませんが、他の生産者の商品も扱うショップを併設する例は珍しいのではないでしょうか。

ワインの売場はイタリアの大手ワイン生産者のチェビコ社(CEVICO)によるものです。同社は地元エミリア・ロマーニャ州で1950年代前半に始まった、ワイン生産者協同組合が前身。土着品種であるサンジョヴェーゼ種やトッレッビアーノ種のワインを広くつくっています。FICOの屋外にある模擬農園ではブドウ畑もあり、イタリアで栽培されている主要なブドウ品種が植えられています。なお、店内のワイン醸造設備では実際にワインがつくられていますが、原料ブドウは外部から調達しておりFICOのブドウ畑は、品種を見せるだけのためのものです。
ワインショップは100坪を超える売場でイタリアワインだけを取り扱う
ワインショップは100坪を超える売場でイタリアワインだけを取り扱う
伝統国らしくワインは産地別に陳列
伝統国らしくワインは産地別に陳列
ワイン売場の一角にはミニシアター。コンサートや演劇も上映できる
ワイン売場の一角にはミニシアター。コンサートや演劇も上映できる
ワインの醸造設備があり、ここでつくったワインも販売する
ワインの醸造設備があり、ここでつくったワインも販売する
ワインの量り売り。通い瓶を持参して好きなワインを持ち帰る
ワインの量り売り。通い瓶を持参して好きなワインを持ち帰る
併設されたワインバルは人気店。ショットでワインを楽しめる
併設されたワインバルは人気店。ショットでワインを楽しめる
このボードにある100種類のワインは常時試飲できる
このボードにある100種類のワインは常時試飲できる

「バラデン」のイタリアン・ビア・ワールド

ビールの売場はバラデン社が担当しています。近年イタリアではクラフトビールが大きなムーブメントとなり、ワインの国のビールとして世界のクラフトビールファンから注目されています。同社はこのパイオニアで、ベルギービールの製法をベースにイタリアらしい独創的なビールを開発、人気ブランドに育て上げました。FICOにはブルワリーパブを出店し、この店専用に醸造したビールをパブで提供しています(レギュラー商品も飲める)。また、毎日、午後に1時間のビールセミナーを開催しています。前半30分はビールの基本的な製法と原材料、そしてバラデンのビールづくりの考え方が説明され、醸造所のなかを見学した後で、テイスティングしながら参加者と講師が意見を交換するプログラムです。イタリア語と英語の2か国語での対応、参加費は20ユーロ(約2600円)でした。

ショップにはバラデン社以外のクラフトビールも豊富に揃えられています。メーカーが醸造所までつくりながら他社の商品を販売しています。陳列はワインと同じく産地別です。他社のビールも上手に扱えるのは、バラデン社がクラフトビールをリードし続け、他のイタリアのクラフトビール・コミュニティの中核となっているからできるのでしょう。
イータリーFICOオリジナルのビールも楽しめる
イータリーFICOオリジナルのビールも楽しめる
ビールはプロが丁寧に注いでくれる
ビールはプロが丁寧に注いでくれる
ビアパブを併設しおいしいフードと一緒に味わえる
ビアパブを併設しおいしいフードと一緒に味わえる
毎日開かれるビアセミナー。ブルワリーの見学と試飲付きで20ユーロ
毎日開かれるビアセミナー。ブルワリーの見学と試飲付きで20ユーロ
ビールのモルトの違いを説明するサンプル
ビールのモルトの違いを説明するサンプル
フレーバーにはホップのほかにオレンジピールやコリアンダーなどのボタニカルを使う
フレーバーにはホップのほかにオレンジピールやコリアンダーなどのボタニカルを使う

大きな構想で細部を見せる

あらゆる食品は「生きもの」です。農業、農産品の加工、調理を一度にひと通り見ることができるFICOは、そのことを楽しく学び、体験できる食育施設としてすばらしいものに仕上がりました。今後はホテルなどの宿泊施設の建設が予定されており、食のテーマパークとしてボローニャの観光に貢献していくことでしょう。

一方、出店したメーカーは工場を併設するように求められ、FICOだけで考えれば採算ベースに乗せるのは容易ではないと想像されます。にもかかわらず40ものメーカーが、出店を決断できたのは、海外に広がったイタリア料理でイタリアの食材を使うようにする仕掛けが、ビジネスチャンスになるという大きな物語が共有されているからでしょう。

そしてFICOで特に魅力的だったのは、工場で黙々と食品をつくりだす人々の姿です。チーズをつくる人は見物客に笑顔を見せながらも、何度もミルクの温度を図り、タイミングを逸せぬよう真剣な面持ちで仕事に取り組んでいました。別の工場では、小さなラビオリを黙々と包み続けるのを、大勢の人が飽きずに長いこと眺めていました。食品はそのままではただの「モノ」です。おいしいとか体にいいとか、まじめにつくっているなどの説明しかできません。そこに何からできるのか素材を示し、つくる人の「心」を添えて見せることで、人々に食べたい(飲みたい)という気持ちが湧きあがります。大きなフレームで考え。つくり手の想いを「見える化」すること。FICOの事例から、我々はこの点を学ぶべきではないでしょうか。
ガラス越しにイタリアで最もつくられているハードタイプチーズ「グラノパダーノ」づくりを見ることができる
ガラス越しにイタリアで最もつくられているハードタイプチーズ「グラノパダーノ」づくりを見ることができる
ラビオリの生地を伸ばす姿はそば打ちによく似ている
ラビオリの生地を伸ばす姿はそば打ちによく似ている
小さなラビオリをひとつひとつ手で包む。見ていて飽きない
小さなラビオリをひとつひとつ手で包む。見ていて飽きない

※記事の情報は2019年1月8日時点のものです。

  

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