有機純米酒「禱と稔」(いのりとみのり)

金沢の老舗・福光屋が発売した有機認証酒に迫ります。

メインビジュアル:有機純米酒「禱と稔」(いのりとみのり)
有機認証を受けたお酒は、ワインではよく見かけますが日本酒はまだ稀です。有機栽培では米の栽培で使える農薬や化学肥料が一切使用できないため、病虫害を受けやすく収穫量は不安定、しかも草取りなどの手間が一般栽培よりも膨大にかかります。そのかわり安心・安全かつお米にその土地の風土がそのまま表れます。『福正宗』『加賀鳶』などのブランドで知られる金沢の老舗の福光屋は、足掛け10年の歳月をかけて開発した、有機純米酒「禱と稔」(いのりとみのり)を発売しました。
 

酒米を「有機」で契約栽培

福光屋は原料米の契約栽培におよそ60年の実績があります。1960年に兵庫県多可郡多可町(たかちょう)中区坂本の農家と山田錦の契約栽培をスタートしたのを皮切りに、コウノトリで知られる同じ兵庫県の豊岡市の農家とフクノハナという品種を、長野県の木島平村では金紋錦という品種を契約栽培しています。あえて直接契約栽培するのは、生産農家と酒蔵が密に交流することで、酒蔵が求める高品質の原料米を安定的に確保できるようになるからです。

長年の契約栽培で築いた信頼関係をもとに、福光屋が有機栽培での米づくりを持ち掛けたのは10年以上前だそう。嫌がる農家を説き伏せ何とか実施にこぎつけたものの、最初の何年かは思うように育たず、安定するまでに5年近い時間が必要だったと言います。さらにできた有機栽培米で酒を仕込んでみると、一般米と違った変化を見せ、コツをつかむのに時間がかかりました。農家からは「苦労してつくった有機のコメの酒はいつになったら飲めるの?」と問われて、答えに窮する数年間だったと言います。

そして、ようやく納得できる味わいになったのが、今回発売された有機純米酒「禱と稔」(いのりとみのり)です。「禱と稔」は八百万神(やおよろずのかみ)に禱りを捧げることで稔を手にするという、日本の伝統的な文化のエッセンスを表すワード。名付け親は松岡正剛氏(編集工学研究所所長)。
山田錦のボトル
お米をモチーフにしたアイコンが微笑ましいラベル。兵庫県多可郡多可町中区坂本で有機栽培された山田錦を使用(写真の地図参照)
金紋錦のボトル
長野県木島平村産の金紋錦の有機純米酒。木島平村は長野県の北部、新潟に近い地区
フクノハナのボトル
ブラウン地のラベルに白の切り絵の米のイラストが入った豊岡市産のフクノハナの有機純米酒

米だけでなく蔵も有機認証

清酒の有機認証は原料米が認証されているだけでは不十分です。米の有機認証は農林水産省のJAS認証ですが、清酒製造は財務省の管轄でJAS認証の対象外です。そのため米の加工品として新たに別の有機認証を受ける必要があります。「禱と稔」を製造する福光屋の壽蔵は有機認定を受け、定められた条件の下で有機認証米を使って酒をつくります。

さらにJAS有機認証は法的に諸外国と相互に認証できるようになっており、日本で認証されたものはそのまま海外でも認証されますが、清酒の場合は輸出先でその国の有機認証をひとつひとつ取らなければなりません。そのため「禱と稔」はアメリカやEUでも有機認証を受けました。ちなみに諸外国から入ってくる有機認証ワインはそのまま日本でも有機表示されています。清酒メーカーからは不平等だとして改善を求める声がでています。

酒類に限らず日本は有機認証制度がまだ十分整備されていません。欧米では業種横断型で有機認証制度が整えられ、農作物、農産加工品、化粧品などが同じ制度の下で認証されます。日本では縦割りの行政がそれぞれに認証する形になっており、なかなか統合されません。
有機認証について
「禱と稔」は日本の厳しい有機認証制度をクリアしたうえ、欧米でも認証を受けた
ボトルの首の表示
「禱と稔」の首の部分には米の収穫年(製造年)と「オーガニック(organic)」が表示される。天候の影響をそのまま受ける有機栽培米は、年によってできた酒の表情が変わる。収穫年を表示するのは年ごとの味わいの違いから、その年に思いをはせてもらうため
3種類のボトル
3つの米の違いがわかるように、酵母や精米歩合など醸造の条件を同じにしてつくった

オーガニックな食材とともに

お披露目会では酒とともに、3種類の酒米のおにぎりとおつまみが用意されていました。料理人 後藤しおりさんが工夫を凝らしたものです。酒米は普通に炊くと芯が残ってしまい、それではと水をたっぷり吸わせてみるとひび割れてしまいます。後藤さんは最初に米を茹で、そのあとで蒸して仕上げるという技法を考案して、おいしい塩むすびができました。
後藤しおりさん
料理を担当した後藤しおりさんがおつまみを説明。注目は、3つの酒米おにぎり食べ比べ。シンプルな料理だが背後に大きな工夫があった。
禱と稔と塩むすび
一口サイズの山田錦のおにぎり。金紋錦とフクノハナのおにぎりも用意された
酒肴
ふきのとう等の春の食材と福光屋の酒粕や本みりんを使った酒肴が人気

「おいしい」を超えて

開発を主導した福光松太郎社長は、米に特別な価値を見出してきた日本の文化の根源にあるのが「禱と稔」という概念。有機での米づくりは、それは大変な手間暇で、栽培農家の方々がほんとうに頑張ってつくってくれた。有機米を使った酒は独特の風味を帯びて、しばらく試行錯誤の時間が必要だったが、ようやく納得できる味わいになった。どれも同じつくりで3年熟成させている。よくできた長女という印象の山田錦、ちょっと洒落た表情の次女が金紋錦、フクノハナはほんわかして末娘らしいと思う。年ごとの天候の違いがはっきりと米に現れ、それを受け止めて酒をつくる。米づくりと酒づくりがお互いにベストを尽くした酒になる。そんなことに思いをはせて、違いを味わっていただきたいと挨拶しました。
福光松太郎社長
「禱と稔」にかける想いを熱く語る福光松太郎社長。全量純米酒に切り替える大転換を2001年に実現、1万石を超える規模の酒蔵で全量純米蔵はごくわずかだ
皆川明さん
パッケージデザインを担当した皆川明さん。このお酒から米一粒に宿る米の人柄を感じたので、素直に”お米の顔“に見立ててお客様にお伝えしたいと考えたと、デザインのコンセプトを説明した
ラベル
最後に質問です。このラベルは何のお米の「禱と稔」でしょうか?

     

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※記事の情報は2019年4月11日時点のものです。
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