カクテル日本一に輝いた女性バーテンダーにインタビュー

「サントリー ザ・カクテルアワード」は日本を代表するカクテル・コンペティションです。この大会で日本一に輝いた大津麻紀子さんはBAR SEBEK(福岡市)のオーナーバーテンダー。今回は大津さんにバーテンディングの魅力をお話しいただきます。

メインビジュアル:カクテル日本一に輝いた女性バーテンダーにインタビュー

趣味が育んだ豊かな感性

―「サントリー ザ・カクテルアワード」の受賞おめでとうございます。反響はとても大きかったようですね。

大津 はい。常連の方はもちろん、たくさんの新しいお客様がお店に来てくださいました。今年は緊急事態宣言などでほとんど営業できず、10月に宣言が解除されてからも11月の大会(サントリー ザ・カクテルアワード決勝大会11/9)が終わるまでお休みしていましたから、一気に忙しくなった感じです。
大津麻紀子さん
「サントリー ザ・カクテルアワード2021」で最高賞を獲得した大津麻紀子さん。全国バーテンダー技能競技大会で入賞経験が豊富な実力者
―皆さん、受賞作品の「瑞花(ずいか)」を召し上がるのではありませんか。

大津 最初の頃は来る人みんな「瑞花」みたいでしたが、ひと月ほど経って、ようやく少し落ち着きました。

―お仲間やご家族もお喜びになったことでしょうね。

大津 ええ。バーテンダー仲間は皆とても喜んでくれました。今回は地元のテレビ局の密着取材が入っていたのですけれど、優勝したこともあってかなり大きく報道されました。家族にもいろいろな方から電話が入ったり、サントリーさんのカクテルの楽しみ方紹介番組にゲスト出演したものがLINEで流れたので、友達から「見たよ」とメッセージが入って来たり、にぎやかでしたね。

―「瑞花」をどのように考案されたのかお聞かせいただけませんか?

大津 作品のテーマは「人と人の心をつなぐ一杯」です。大会としては「日本から世界へ」を目指していて、課題の製品(指定された製品の中から少なくとも一品20ml以上を使うことが条件になる)を見ると最初に『ジャパニーズクラフトジン「ROKU」六』があったので、これでいこうと思いました。六角形のボトルを見て蜂の巣のイメージが浮かんできてハチミツを使おう、そして天然水が浮かびました。『ジャパニーズクラフトリキュール「奏 Kanade」』も何か使いたいと思って、ひととおり合わせてみて『抹茶』が決まり、アクセントは酸味を加えるより和の印象にしたかったので『サントリー わつなぎ 生姜』を選びました。

―コンペティションでは大会のテーマをきちんと受け止めて創作するのは大切だと思います。でも、『ROKU』の六角形のボトルから蜂の巣を連想したのはすごい。

大津 趣味で養蜂をやっていて、それで…。

―趣味で養蜂ですか。以前お目にかかった時に、仕事上がりの早朝に鳥の写真を撮っていることや、釣りが好きなことはお聞きしましたが、養蜂は存じませんでした。

大津 自然が大好きなのでケニアに野生動物を見に行ったり、去年は鳥を見にコスタリカに行ったり、与那国島で潜ってシュモクザメを撮ったこともあります。あそこは潮の流れが速くて100本以上ダイビングした経験がないと潜れないので、石垣島に通って100本潜りました。

―ダイビングも初耳です。4年前にはそんな話はされていなかったと思います。

大津 ダイビングはその後から始めました(笑)。

―そうでしたか。すごく多趣味なのですね。きっと、そうした経験がカクテルづくりに生かされているのでしょう。

大津 ハチミツの話もそうですけれど、見えないところでいろいろ繋がっていると思います。
サントリー ザ・カクテルアワード2021受賞作「瑞花」 写真提供サントリー
「サントリー ザ・カクテルアワード2021」受賞作「瑞花」 写真提供サントリー

これからはお客様と向き合いたい

―優勝後のインタビューでカクテル・コンペティションへの参加は今回で最後にするとおっしゃっていましたね。

大津 大会に出る前から今回でやめようと思っていたので、これ以上ない最高の形で終わることができました。

―バーテンダーの世界に入って10年で店を持つと決めて、そのとおりに店を出して、それからちょうど10年、いいタイミングみたいなことですか?

大津 それもありますけれど、年齢的にも次に行く時だと。コンペティションに出場するにはアスリートと同じで、ものすごい体力と気力が求められます。作品づくりに集中し、営業の後で練習し、睡眠を削らなければなりません。今回もとてもきつかったです。あっ、取り違えないで欲しいのですけれど、きついからもうやめるというネガティブなことではありません。自分はコンペティションはいつまでもだらだら出るというものではないと思っていて、若い人たちにもっともっと出てきて欲しいという気持ちもあり、ずっとコンペティションに出続けてきたので、そろそろお店のことに集中したいという想いが強くなりました。

―初めてコンペティションに出たのは?

大津 23歳の時です。その後、途中、5年くらい空きましたが、12年間、毎年、N・B・A(日本バーテンダー協会)の全国バーテンダー技能競技大会に出続け、その間にサントリーさんのような酒類メーカーのコンペティションに出ました。

―全国バーテンダー技能競技大会では上位入賞の常連でした。

大津 はい。そうでしたが、プレッシャーも大きかったです。優勝して世界大会に出たくて、英会話も勉強しました。世界大会では英語でプレゼンテーションし、審査員の質疑応答にカクテルをつくりながら英語で答えなければなりません。でも結局、世界大会に出ることはかなわず、縁がなかった、もういいかなという感じでした。今までずっとコンペティションのほうばかり見ていたので、ひと区切りつけて、お客様に向き合おうと。最高の形で終われて、悔いはありません。
実演する大津さん 
「サントリー ザ・カクテルアワード2021」の決勝で実演する大津さん 写真提供サントリー

時代が変わった、今どきのバーテンダー修行

―これからは後進の指導に当たられますか? 福岡はバーテンダーの方々の勉強会が盛んでコンペティションに出場する方が多いように思います。

大津 今、N・B・A福岡支部の技術研究部長をやっています。商品知識の勉強会をやったり、コンペティションに出るためにカクテルの構成の仕方を教えたり、店のお酒でいろいろな組み合わせを試させたりしています。若い頃はお酒をあまり持っていませんし、お金もありませんから、実際にお酒を組み合わせる体験を積む機会は重要なんです。自分が若い頃、たいへんな思いをしてきたので、意欲のある若い子にそんなことでチャレンジをやめて欲しくありません。

―バーテンダーの世界は徒弟制度で技術を伝承していくイメージがあります。そんな世界には若い方が入ってこなくなっているのではありませんか?

大津 今は昔のような徒弟制度っぽい雰囲気はかなりなくなった気がします。自分たちの頃は営業時間が長く給料も安くてたいへんでしたが、今はそんなことはまったくありません。

―若い子は開店前に店の掃除をして、氷を用意して、閉店後は片づけて帰る…。

大津 今は就業時間数が決まっていますから、それを超えて働かせることはなくなりました。これ以上働かせられないからと、オーナーが掃除をしたり片づけをしたりしている店もありますし、営業時間を変更したところや清掃業者を頼んでいるところもあります。ある勉強会で、氷を割っておいてと指示したら、「どうやって割るんですか?」と聞き返されてびっくりしました。今は氷屋さんが指定したサイズにカットしてきてくれ、それこそ丸氷でもつくってきてくれますから、氷を割らない店もあるんです。これで自分で開業した時に営業できるのだろうか、自分たちは何でもやらされたからできるけれどと思うこともありますが、時代は変わっています。

―カクテルの技術だけでなくバーでは接客も重要です。接客も教えるのでしょうか?

大津 自分の場合は手とり足とり教えられることはありませんでしたが、お客様にそういう言い方をするなとか、そんなことは聞くんじゃないとか、その場で叱られました。私のルールとしてこちらからは聞かないことにしています。何年も通ってきてくださるお客様でも名前も職業も知らない方がいらっしゃいます。バーはそういう場所だと思います。
サントリー ザ・カクテルアワード2021のトロフィー
「サントリー ザ・カクテルアワード2021」のトロフィー(中央)。台座のプレートには大津麻紀子さんの名前が刻まれている

女性だから必要だったコンペティションでの勝利

―コンペティションで最初に賞をとったのはいつでしたか?

大津
 最初に出たジュニアの大会でいきなり準優勝しました。それが転機で、その頃の博多では、若い女の子がおいしいカクテルを出しても、お客様は決しておいしいと言ってくれませんでした。でも、準優勝してからお客様の私を見る目が変わったんです。その時に、外から評価されるとスタートラインが変わるんだと思いました。コンペティションに出続けてきた理由もそこにあって、バーテンダーは男の世界だからとさんざん言われてきて、コンペティションで勝つことは自分が出すカクテルの価値を認めてもらうために必要でした。先入観は強い影響を与えます。20歳そこそこの女の子と60歳の男性が同じカクテルを出しても、お客様は違った受け止め方をする。それがわかっていたので、では自分には何があればいいのかと考えて、コンペティションでの勝利だと思いました。

―さきほど、途中で何年かコンペティションに出ない時期があったとおっしゃいましたが。

大津 準優勝した翌年に順位を落としてしまったんです。次は優勝という雰囲気で、今回のようにテレビの密着取材もあったのですが、勝てませんでした。周りから「あー」と言われて凹んで心が折れました。それからしばらく出場しなかったのですが、勤めていた店のマスターから「君は競技会に出るべきだ」と強く言われて復帰し、シニアの大会に出ました。

―シニアの大会は競技内容も難しくなり、フルーツカットも入ってきます。

大津 ええ、簡単にはいかず時間がかかりました。フルーツカットの課題は、ここ数年はパイナップル1/4、リンゴ1個、グレープフルーツ1個を10分以内に皿に盛り付けるというものです。ほとんどカットする様子が外に出ないので、皆、とても苦労します。まな板の衛生管理やナイフの砥ぎ、リンゴの塩水処理とかも細かくチェックされます。もうコンペティションに出ないと決めましたから、若い子たちにはフルーツカットを見るなら今おいでと言っています。練習していないと手先が動かなくなるので、スピード感のあるカットは今しか見せられません。

―お聞きしていると調理人のようです。

大津 町場のバーテンダーは調理もできて一人前、オードブルは自分でつくるのが当たり前です。修行中の10年間は厨房で料理ばかりしていました。パスタをつくったり、オムレツを巻いたり。でも料理は大好きなので、これからは店でも出していきたいと思っています。コロナ禍で営業時間が制限されていた時はそのテスト期間みたいになりました。早い時間に店が閉まってしまうためお客様が食事をしないで来るので、食事を用意したり、家でクッキーを焼いて持って来たりしたんです。そうしたら思いのほか好評で、売上貢献しようとテイクアウトしてくれたり、お土産に買っていってくれたり、ありがたかったです。

―これからは使う食材にもこだわりそうです。

大津 そう、こだわって突き詰めてみたいですね。福岡らしいものに焦点を合わせてやってみたいです。今はそうやっていろいろ考えているのが楽しいです。

―ますますいい店になりそうです。本日はありがとうございました。

(2021年12月8日 於BAR SEBEK 聞き手:山田聡昭)

■BAR SEBEK

福岡市博多区中洲4-1-12人形小路
TEL092-291-5510
店は中洲の一画にあり、周りには趣のある小料理屋が並ぶ


※記事の情報は2022年1月20日時点のものです。
   

  

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