あの人の家つまみ ~ライター 玉置標本さん~

フードライターの白央篤司さんが、気になるあの人の家飲みを拝見する「あの人の家つまみ」。今回は、『捕まえて、食べる』などの著書で知られるライター・玉置標本さんを訪ねます。自ら採取した食材をつかった冒険的料理を得意とする標本さんならではの、ワクワクする酒卓を一緒に覗いてみませんか?

ライター:白央篤司白央篤司
メインビジュアル:あの人の家つまみ ~ライター 玉置標本さん~

家つまみを紹介してくれたのはこの方

玉置標本(たまおき ひょうほん)さん

1976年埼玉県生まれ、ライター。釣って食べる、育てて食べる系のライティングと紀行文に独自のセンスを見せる。著書に『捕まえて、食べる』(新潮社)、『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。』(家の光協会)など。製麺の研究はライター界において随一。ZINE発行も盛んに行っている。
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玉置標本さん

待ち合わせは畑で

=玉置標本さん =白央 
玉置標本さん
「普段のおつまみを見せてください」というこの企画、ライターの玉置標本さんにお願いしたら「じゃあ畑で待ち合わせましょう」と言われ、ああ標本さんらしいなあ…と思いながら私は埼玉県東部に向かった。住宅街の中の畑に着くと標本さん、はさみで何かを切り取っている。

 かき菜というアブラナ科の野菜で、普通は葉っぱを食べるけど菜花もおいしいんです。白央さんも食べたいの好きに採っていいですよ。

そういってビニール袋とはさみを渡してくれた。標本さん、次はねぎを抜き、サニーレタスを切り取り、水辺に生えてるセリを摘む。
玉置標本さん
ここはお母さんがやっている家庭菜園で、一部を借りて標本さんが気になるものを育てているのだ。

標本さんのことを知ったのは『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた』(家の光協会、2020年)という本から。食べたことはあれど、どんな生育をするのかは全然知らない身近な食材を実際に作ってみる体験記だ。ごま、こんにゃく芋、かんぴょうにザーサイ、サフランまで手探りで育てて食材に仕上げる試行錯誤エッセイが抜群に面白く、一発でファンになった。

「ネットで調べれば一瞬で答えにたどり着けるかもしれない。それでも種や芋を植えるといった解決方法を選び、ゆっくりと順を追って確認したいのである」それが「最高に気持ちいい」という前書きにワクワクした。そんなことを思い出していたら、畑からニョキッと顔を出したこんにゃくのつぼみに出くわす。つぼみといっても、茎を含めてなんだかダチョウの脚のような。
こんにゃくのつぼみ
 それが咲くとけっこう臭いんですよ(笑)。

こんにゃくの花は臭いのか、なんて思っていれば標本さん、今度は「のびるが生えてる」と路傍に自生しているのを次々と抜き出した。文明が崩壊したら生き残る確率、間違いなく標本さんは高い。
のびる
のびるはねぎの仲間で、球根部分を主に食べる。刻むとちょっとツンとくる香りがあり、少しぬめりも出る。春の味
「さあ、このぐらいでいいか」と畑を後にし、標本さん行きつけの『角上魚類』という魚介専門のスーパーに寄ってあれこれ仕入れ、買いものは終了。『角上魚類』は新潟の魚介を中心に各地のめずらしい魚が揃い、一部の料理好きには大人気の店なのだ。

『角上魚類』でこの日買ったもの

・刺身用サクラマス
・生の北寄貝1個
・刺身用たらばえび
・穴子1匹
・生のほたるいか

さて、それぞれどんなつまみになるだろう?

家飲みのはじまり

穴子をさばいているところ
標本さんちの台所はいたるところに調味料と調理道具があって、周囲には地方の食材があれこれと置かれていた
家に着くなり、標本さんは穴子をさばき出した。目打ちが置いてある一般家庭もそうそうないだろう。標本さんは育てた野菜や釣った魚介を「なるたけおいしく食べたい」と思う料理上手でもある。あっという間に開かれた穴子を網で焼く脇で、生のほたるいかをゆで始めた。

 春の富山湾だとほたるいかが網ですくえることもあるんです。それが楽しくて、闇に光るのがきれいで。捕りたてをゆがいたのよりはやっぱり鮮度が落ちるけど、これもおいしいですね。酢味噌でいただきましょう。
ほたるいかとセリ
ほかほかと湯気を上げるほたるいか、そして水辺で摘んだせりもゆでて一緒盛りに。今夜のつまみ、1品目が完成である。ここまで1200字以上も使ってしまい、「つまみ、まだかよ!」と思った読者さんもいるかもしれない。だが標本さんは採集段階からがつまみ作りで、「つまんで、飲む」楽しみの始まりなので仕方ないのだ。

さて標本さん、酒は何をいきますか。
玉置標本さん
 ソーダのペットボトルにウィスキーを入れてハイボールにします。

白 いつもそうやってるんですか?

 キャップをすれば気が抜けないのがいいですよね。

白 ハハハ、確かに! 洗いものも出ないしね。
穴子の白焼き
穴子は白焼きにしてくれた。さばきたてを食べたの、はじめてかもしれない。わさびと塩でやったらもう、たまらなかった…!
北寄貝とサクラマスの刺し盛り
するすると手慣れた手つきで標本さんは北寄貝をむく。サクラマスと一緒に刺し盛りにしてくれる。添えられているのは、さっき採ってきたサニーレタス。オリーブオイルと塩で一緒にサラダみたいにして食べるのもいいだろうな。
玉置標本さんの家飲みの様子
つまみが出そろって乾杯して、家飲みのはじまり。手前に置いてあるのはたらばえびの刺身で、頭の味噌もしっかり入っていて、思わず日本酒が欲しくなる。

 たらばがにもそうですけど、魚のたらと獲れる場所が同じ深海だから、たらばえびなんでしょうね。えびは地方名がいろいろで、ぼたんえびとも呼ばれるえびです。分類学上は「タラバエビ属トヤマエビ」かな。佐渡島のえび漁に同行させてもらったとき、船の上で獲れたてを食べたことがあるんですよ。

白 うわー、超絶うまそう!

 それが全然。新鮮すぎてもポテンシャルが発揮されないこともあると学びました。1~2日冷蔵して寝かせたほうがうま味が出て、甘くておいしかったんです。

白 なるほど。

ちなみに真ん中にあるのはカクテルシュリンプで、私が買ってきたもの。『角上魚類』のこれ、うまいんだ。私の推しつまみのひとつ。さあ、飲み始めますか。
自家製スパイス酒
空いた小瓶にウィスキーとシナモンなどのホールスパイスをたっぷり入れて自家製スパイス酒を作っておくのも定番だそう
白 晩酌はどのくらいの頻度でしてますか。

 ほぼ毎日です。夕飯のときにも飲むけど、みんな寝てから(標本さんは妻とふたりのお子さんと暮らしている)、本を読みつつじっくり晩酌したり、写真整理とかの作業しながら軽く飲んだり。

白 料理はいつぐらいから?

 うーん、子どもの頃かな。原体験は飼ってた犬のエサづくりですかね。余ってたおかずをごはんと煮るとか。犬が喜んでくれたのがうれしくて。

白 料理が好きになったと。そう、喜んでもらえると料理はクセになる。

うちらの小さい頃の80年代って、まだまだペットフードは一般的じゃなかったねえ…なんて話しつつ、玉置さんのつまみを楽しんだ。そろそろつまみもなくなってきたかなという頃、玉置さんはなんと製麺機を出してくる。
玉置標本さんのご自宅の製麵機
標本さん、ラーメンはもとよりパスタもうどんもなんでも製麺する。伊勢にしばらく滞在して、伊勢うどんに関する歴史や味わいを研究した著作もあるのだ
 十数年前のとある飲み会で、その場で製麺してラーメン作った人がいたんですよ。おいしいし、製麺機に触らしてもらったら「なんと楽しい道具か」と感激して。自分でも購入して、すっかりハマってしまったんです。

語りながら標本さん、畑脇から抜いてきたのびるを細かく刻み出した。「これ、韓国では春に採れたのを刻んで醤油につけて、タレの薬味にするらしいですよ」なんて私がさっきポロッと言ったのを憶えてくれてたようだ。
オリジナル即興和え麺
そのときのアドリブで料理するのがすごく楽しい、と標本さん
 そうそう、やってみたいなと思って。醤油と紹興酒、ごま油と一緒に刻んだのびるを混ぜて、和え麺にしました。

白 ああ、打ちたてゆでたて麺にピリッと香る醤油だれがからんで、最高にうまいです…! 標本さん、きょうは収穫からつまんで飲んで製麺まで、標本ワールドを堪能させていただき、ありがとうございました。
自家製塩漬け山椒の実
標本さんちのつまみ、忘れがたいのが自家製塩漬け山椒の実。ピリッとするのは当たり前だけど、塩加減と食感がすばらしかった。売ってほしかったぐらい。「たまにこれをつまみながら酒をやります」とのこと。そう、ものすごく酒を呼ぶ感じだったのだ。鶏レバーと一緒に甘辛く炊いたり、脂多めの豚肉とソテーしたりしたら、さぞいい肴になるだろう…と夢想する。

ふと畑でのことを思い出す。
矢車草がたくさん咲いていて「きれいですね」と言ったら「どれが…矢車草? 食べられない植物にあまり興味がないんですよ」と言ったの、標本さんらしいなあと思い出し笑いしつつ、私は家路についたのだった。
標本さんの著作の数々
標本さんの著作の数々
※記事の情報は2025年5月27日時点のものです。
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