『あたらしい家中華』発売記念! 酒徒さんと家飲み&インタビュー

中国料理愛好家・酒徒さんの初料理本『あたらしい家中華』発売を記念し、フードライターの白央篤司さんがインタビュー! 酒徒さん宅であたたかいおもてなしを受けながらあれこれお聞きしてみたら、酒徒さん流のイエノミスタイルや、”あたらしい”中国料理の表情が見えてきました。

ライター:白央篤司白央篤司
メインビジュアル:『あたらしい家中華』発売記念! 酒徒さんと家飲み&インタビュー

この方にインタビューしました

酒徒さん

中国料理愛好家。1990年代から中国全土の食探求を開始。北京、広州、上海に10年在住し、2019年に帰国。中国各地の食堂や家庭で出会った飾り気のない中国料理をSNS等で発信中。

酒徒さんプロフィール画像
学生時代に中国料理の奥深さに魅了され、幾度となく現地を訪ねては食べ歩いてきた酒徒さん。その研究成果を一冊にまとめたレシピ集『あたらしい家中華』(マガジンハウス)は現在ベストセラーとなっています。彼はその名のとおり酒をこよなく愛する人でもあるので、ほぼ毎日晩酌を楽しんでいるとか。彼のイエノミスタイルを教えてもらうべく、今回はご自宅を訪ねました!

居間では大甕がお出迎え

紹興酒の大甕
 
白央「い、いきなり居間に大甕(おおがめ)がある! なんすか酒徒さんこれは」

酒徒「ははは、紹興酒の甕ですよ。23リットル入ります。宴会のときなんかはここから紹興酒を補給するわけです」

酒卓は甕のすぐ隣にある。ふりむけば紹興酒の甕があり、すぐさま補充できる環境って新鮮だなあ…となんだか興奮した。ともかくも飲み始めますか、とまずはビールで乾杯。

酒徒「さて、台所で料理の仕上げをしてきますね。飲んでてください!」

大きい中華包丁が勇ましい音を立て出した。作っている最中の彼に、あれこれとうかがう。
 
鶏肉を中華包丁で切るところ
 
白央「晩酌ってどのくらいのペースでやってますか。」

酒徒「週7回ですね、休肝日は基本ないんです(笑)。在宅ワークの日も多いので、家族の晩ごはんと共に18時ごろから晩酌のはじまり。いつも中国料理ってわけじゃなく、その日の気分で和にするか洋にするか、あるいは…って決めて。つまみがこれなら、飲むのは〇〇にしようか、と」

諸事情あって詳しいことは書けないけれど、酒徒さんは現在40代半ば。小学生のお子さんと、妻さんと3人で暮らしている。「夜はあれが食べたいな…」と思ったら、家族と夕飯会議して決めるというのがいい。
 
細切りれんこんの冷菜『涼拌藕絲』
 
酒徒「『〇〇が食べたいんだけど、どうかな』ってすり合わせしています。『ちょっと気分じゃないなあ』と言われたら変えて」

妻さんに聞いたら「彼は『自分が今日何を食べたいか』に忠実でありたいんですねえ」と笑って言われたのが印象的だった。彼が料理担当というわけではなく、お互い半々ぐらいで作り合っているそう。夫婦ともに「興味の大半は食に集中しています」とのこと。うーん、ナイスコンビ。
 
取材日、酒徒家にあったお酒の一部より
取材日、酒徒家にあったお酒の一部より。
酒徒「ふと今夜は『和食で日本酒をやりたい』と浮かんだとしたら、その思いに従うのが好きなんです。中国料理で『今夜は上海料理だな』と思ったら、お酒はやっぱり紹興酒で。味つけも自分なりのアレンジってほぼしない。『現地の味×現地の酒』というのが僕は好きなんですね。ポルトガル料理を作ったらヴィーニョヴェルデ(ポルトガルワインの1種)を開けたい。そういうノリで日々晩酌をしています」

おお、酒徒さんのイエノミスタイル。その哲学が早くも見えた。なるたけ現地のやり方で忠実に作り、地元の酒を合わせる。だから中国料理に日本酒やワイン、あるいは和食や洋食に中国酒を合わせることは無いという。

酒徒「お店でそういうのを楽しむのは好きだし、新たなマリアージュを探すことを否定するつもりは一切ないんです。ただ自分ではやらない、というだけで」
 
セロリと湯葉の冷菜『腐竹拌西芹』
 
「僕は頭が硬いのかもしれません」と言って笑いつつ、最初のつまみを盛ってくれた。セロリと湯葉の冷菜、中国名は『腐竹拌西芹』だ。肉厚で食感のしっかりした中国湯葉とセロリが紹興酒と塩、ごま油などで和えられ、ほんのり酢が香る。さっぱりとしたいい前菜だなあ。セロリを噛んで立つシャキシャキした音に食欲が呼び覚まされてくるようだ。

原点は『三国志』

しかしどうして酒徒さんは、中国とその食文化にかくも魅了されたのだろう。

酒徒「多分原点は、小学生のときに読んだ横山光輝さんの漫画版『三国志』だと思います。物語自体にも夢中になったし、酒への憧れも感じて。武将たちが大きな盃で酒を飲み干すシーンは忘れられないですね。小学4年生のときの文集に僕、夢として『いつか中国に行って豚の丸焼きを食べたい』って書いてるんですよ(笑)」
 
なすの冷菜『茄泥』の盛り付け
 
なすの冷菜に仕上げのごまだれをかけつつ教えてくれる。関羽や張飛といった『三国志』おなじみの武将たちが勝利の美酒を豪快に楽しむ情景は、幼き酒徒さんの心に強烈な印象を残したようだった。

ところで毎日の晩酌、量はどのくらいなのだろう。

酒徒最低1本ですかね、ワインなり、日本酒の4合瓶を。終わってからウィスキーを楽しむときもありますし、量は本当にそのときどきで。つまみも今日みたいにしっかり作るときもあれば、ごく簡単なときも多いんですよ。先日行った小田原で買ったかまぼこに、焼いた魚だけとか。さつま揚げを炙っただけとか」
 
取材日、酒徒家にあったお酒の一部その2
取材日、酒徒家にあったお酒の一部その2。一番左はワインの大型パックで3リットル入りの『ルナーリア』。これ、私もかなり好きなんである
酒徒「さっきポルトガル料理なんて言いましたが、食材をシンプルに焼いたりゆでたりという調理法の多いところが好きなんです。スペイン料理も。魚を焼いてオリーブオイルにレモンを絞ってハイ完成、みたいな。そういうつまみで安ワインがぶがぶなんて晩酌がもう、たまらなくて」

酒卓にずらり並んだのは、野菜たっぷりの中国料理

細切りれんこんの冷菜『涼拌藕絲』、なすの冷菜『茄泥』、セロリと湯葉の冷菜『腐竹拌西芹』
 
「調味は最小限、素材の風味を素直に味わう」といったつまみが、酒徒さんの好物ど真ん中のようだった。お手製の料理からもそれを強く感じる。

手前右、なすの冷菜は『茄泥』という北京料理で、とろり柔らかく蒸されたなすにコクのあるごまだれと、薬味でおろしにんにくが付く。シンプルだが食べ飽きず、なんていいアテだろう。

左の『涼拌藕絲』はなんと細切りれんこんの冷菜だ。ごま油と酢がやさしく香るなあ、歯ざわりの良さについつい箸が呼ばれてしまう。タテに切って繊細な細切りにするのは手間だろうけれど、酒徒さんのもてなし心を感じる。

味つけはどれも穏やかで食べやすいが、ボケた味わいにはならない。つまみとしてもしっかり成立する野菜料理の数々は新鮮な体験だった。

酒徒「そう、実際の中国家庭料理ってそういうものがとても多いんです。煮る、蒸す、炒めるなどして野菜を日常的に多量に食べている。味つけもやさしいものが多い。現地に駐在していたときに体験して、食べていて体が整うのを感じたんですよ。『あたらしい家中華』という本で紹介したかったのもまさにそういう料理なんです」

日本で中華というと油を多用する、こってり、がっつりというイメージを持つ人も少なくないだろう。もっと違う世界がある、自分の体と舌になじんだ中国食の違う面を伝えたい――だからこそ酒徒さん、“あたらしい”という言葉をタイトルに付けた。日本の家庭料理における新たな一角が出来たらと。

乾杯は、何度でも。

紹興酒を注ぐ
 
「まあ、飲みましょうか」

今日何回目の乾杯だろう。といってもアルハラ的なものとは無縁、「このつまみ、うまいねえ」なんて私が喜ぶと、「でしょう?」みたいに酒徒さんが返してきて、自然と乾杯してしまう。

片口から注がれるのは、先の大甕の紹興酒である。香りがまろやかで飲みやすいなあ。「おかわり入れますよ!」と息子くんが甕から紹興酒を片口に足してくれた。その様子を酒徒さん夫婦が目を細めて眺める。
 
酒徒さんの作のおつまみが並ぶ酒卓
 
実はつまみは他にもいっぱい、メインにはフエフキダイという魚の一尾蒸しまで出てきて、食卓がグッと華やぐ。熱々の油を仕上げにかけて、湧き立つ音がまたごちそうだ。湯引きしたレタスやきくらげの和えものなどの副菜がまた酒を呼ぶ。すべてのつまみを詳しく伝えたいところだが、文字数の関係でごめんなさい。

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あたらしい家中華
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今回出てきた、れんこんやなすの冷菜は『あたらしい家中華』に登場するので、気になる方はぜひ詳細なレシピと酒徒さんの解説をチェックしてほしい。この本、酒徒さんの作り方解説とコメントも実に面白く、料理好きで酒好きの人なら読むだけでもつまみになると思う。

酒徒さん、今回は楽しいイエノミ時間をありがとうございました!

※記事の情報は2023年11月28日時点のものです。
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