宇野千代『私の作ったお惣菜』の再現レシピ《肴は本を飛び出して⑤》

「小説やエッセイ、漫画に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲んでみたい」 家飲み派の筆者がささやかな夢を叶える連載、今回は食エッセイ『私の作ったお惣菜(宇野千代・著)』からの再現です。

ライター:泡☆盛子泡☆盛子
メインビジュアル:宇野千代『私の作ったお惣菜』の再現レシピ《肴は本を飛び出して⑤》

「極道すきやき」は、恋愛も料理もとことん!? な女流作家の豪快な肉料理

 
■あらすじ
明治から平成を生き抜き、小説や随筆の名手でありつつ着物などのデザインも手がける実業家としての顔もお持ちだった宇野千代先生。

作家の尾崎士郎や梶井基次郎、画家の東郷青児など時代を彩る男性たちとの恋愛や同棲、結婚も大きな話題となった「恋愛のスペシャリスト」でもあり、かなり時代の先端を行く女性だったよう(うらやましい〜)。

そんな宇野先生が98歳の長寿をまっとうすることができたのは、生涯、美味しいものへの好奇心や行動力を失わずにいたのも一因ではないかと思われます。

この本には「若い頃、東京の銀座でお弁当屋さんをやりたかったほどの料理好き」な宇野先生の手のものであるお惣菜と、それらにまつわるエッセイを集録。

東郷青児と暮らしていたときは20種類ものお手製の薬味を添えたライス・カレーで彼を夢中にさせたり、女優の山本陽子に林檎の白和えをふるまって感激されたり、客人に春雨スープを出したらフカヒレと間違えられて驚きつつも最後まで知らん顔をしていたり、などと読んで楽しく、お腹がグゥと鳴るようなお話が続きます。

なかでも私が「いつか作ってみたい!」と食いついたのがこちらのメニュー。

■お品書き
・極道すきやき
1500円/100gの肉を焼いている様子

宇野千代「極道すきやき」の再現レシピ

牛肉3種盛り合わせ
はじめは懐石料理人である知人の家でご馳走になり、その味にすっかり魅了されたという宇野先生。ご自分でも幾度も作っては客人にふるまっていたようです。
(前略)私の家へ来て、このすきやきを食べた人は、一ぺんで、その味の虜になって、「もう一ぺん、あのすきやきをご馳走して下さいませんか。あの味がどうしても忘れられないんです」と、きまってそう言うんです。

『私の作ったお惣菜』<極道すきやき>(宇野千代/集英社文庫)より
ネーミングにギョッとなり、作り方を読んでさらにギョギョッ! タイトルに偽りなしの、かなーり「極道」なすきやきなんですこの料理ってば。

レシピを抜粋してみましょう。
まず大皿に牛肉を並べます。最初にブランデーをかけ廻し、その次ぎに、割りしたをかけ廻します。その上に、よく溶いた卵黄をたっぷりかけて、用意ができました。

『私の作ったお惣菜』<極道すきやき>(宇野千代/集英社文庫)より
そう、これは「豆腐、しらたき、葱などの具を一切使わない」、「素晴らしい肉の旨味だけを、純粋に堪能しよう」というすきやきなのです。潔すぎーーーっ!

レシピはこう続きます。
テフロン加工の鍋を熱して、太白胡麻油を敷き、卵黄をからめた牛肉を、その上で焼けば好いのです。 (中略) 私はいつでも食べながら感心するのですけれど、割りしたとブランデーと、卵黄の取り合わせの妙、と言いましょうか。それぞれの素材が一つになって、味のハーモニーを創り出していることです。こう言うのを、料理の相乗効果と言うのでしょうね。

『私の作ったお惣菜』<極道すきやき>(宇野千代/集英社文庫)より
肉に割りしたとブランデー、溶き卵を絡ませて焼くだけという、材料も工程も削ぎ落とされまくった料理だけに、肉のよさがものを言うようで……。

懐石料理人氏の元レシピでは「百グラム三千円はする和牛」を使うそうですが、宇野先生は「でも、みなさんがお作りになるときは、百グラム、千円くらいの牛肉でも、結構、おいしいものですよ」とこの章を結んでいます。

いえ、あの……100グラム1000円でも庶民にとってはなかなかの贅沢だと思うんですが……。

と萎縮してしまったノットアッパークラスの筆者は高級肉をどどんと買う決心が着かず、3種類の牛肉を買って食べ比べてみることにした次第であります。
 
材料

<材料>

  • 3種類の肉
  • たっぷりの卵黄(ヨード卵光を奮発!)
  • 割りした(市販のちょっといいやつ)
  • ブランデー(の代わりになじみ深いハイボール用のウイスキー)
  • 太白胡麻油(なければオリーブオイルでもよさそうです)
肉はこんな感じで揃えました〜。

100g約1500円の和牛ロース。

100g約1000円の国産牛ロース。

100g約400円のアメリカ産すきやき用肉(部位不明)。

この肉たちにブランデー(のふりをしたウイスキー)と割りしたをかけまして〜
肉をブランデーと割り下に浸します

溶いた卵黄をてろてろ〜〜〜んと注ぎ〜
卵液を投入します
しばらく味をなじませて〜

焼きまーーす!
肉を焼きます
うちにはテフロン加工の鍋がないため、カセットコンロでミニスキレットを熱して焼きました。

■食べてみた
焼いている時点で、もうすでに「禁断の香り」がします。 肉の脂が焼ける香ばしさを包むブランデー(のふり略)の蠱惑(こわく)的な香り。たまら〜〜〜ん!

慌てて箸をとり、まずは私的には最高級な1500円の肉からいただきます。

「あっ……」

「うん……」

と変な声が出ました。溶けます。口の中で溶けます。

卵液をまとった肉の脂が加熱で溶け、歯がいらないくらいの柔らかさに。

肉の旨味がぶわーっと広がる一方で、割りしたの醤油がちょいと焦げたような香ばしさを玉子のマイルドな味が包み込み、宇野先生曰くの「味のハーモニーやぁぁぁ〜〜」ってのが実感できます。

たしかにこれは葱も豆腐もいりませんわ。ていうか近寄れませんわ。すごい組み合わせですわ。

しばし放心してしまいました。

家飲み史上、最高に贅沢なおつまみじゃった……。

この時、手元には下味に使ったウイスキーのハイボールがあったのですが、それを絡めた写真を収めるのをすっかり忘れてしまうほどでしたよすみません。

ハッと正気に返り、「ええ肉でうまいのは当たり前。手の届く範囲の肉でも美味しかったらさらによいではないの!」という庶民のターンです。
 
極道すきやきの出来上がり
ちなみにいい肉でも皿にあげるとビジュアルは地味めです。写真を撮る場合は焼いているところをメインにどうぞ。(本書でもそれがメインビジュアルでした)

ではでは、ちょっといい肉(1000円)と並肉(400円)も焼いてみましょう。
並のお肉を同じように焼きます
ちょっといい肉はさきほどのいい肉と比べると「即とろけ」はないものの、ほわっと噛みしめるほどにじわじわと旨味が広がる感じです。

これはこれでゆっくりと肉の味を楽しめるのがイイ! 

地に足ついた美味しさとでも言いましょうか。

一方の並肉は「おまい、今日は贅沢させてもらったんだな」と肩を叩いてやりたくなるような味わいでした。ってわかりにくっ!

常ならば、玉ねぎやピーマンとガンガン炒めて甘辛いタレをジュワーッとするのが似合いそうな肉が、ちょいとよそ行きの顔になった感じです。

もちろん、これはこれで悪くない。遠慮なくわしわしと食べられるし、そこそこの肉でゴージャス気分を楽しむレシピとしてぜひ覚えておきたいと思いました。


***

結果として、本家の「極道」ぶりをまっとうできずに恐縮です。

でも、いつの日かお金持ちになったら全部を完コピする!という夢ができました。

肉の美味しさはもちろん素晴らしかったのですが、玉子好きの筆者にとっては肉の周りにくっついた割りした味の玉子もなかなかオツなおつまみでございました。ハイボールにめっちゃ合う!

年末年始を含めたこれからの時期、家飲みの機会もぐんと増えることでしょう。 この極道すきやきを自慢の一品として披露すれば、家飲み仲間の喜ぶ顔を見られることうけあいです。

どのランクの肉で試すかはあなた次第〜〜〜。

※記事の情報は2019年12月3日時点のものです。


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